「最低だね」

ひりひりとした喉からやっと絞り出すと、私は怒りに任せ、母を見据えた。

「柚歌!お母さんに向かって何て事言うんだ!」

とどめを刺さしたのは父だった。
此処に居ると、不思議なくらいに上手く呼吸が出来なくなってしまうのは一体何故なのだろう。
いつからか、此処ではもがく事すら虚しい。
此処でどんなにもがいたとしてもきっと、私はただただ沈むのだ。

父が制止するのを振り払って、家を飛び出した。 
人影のない道、穏やかに揺れる海面、星がちらつきだした藍色の空。
緻密に織りなされた静寂の中、走り抜ける私の心と鳴り止まない携帯電話だけがそこに馴染めなくて、なんだか酷く滑稽に思えた。

小銭の一枚も持たずに出てきてしまった私は、国道沿いを真っ直ぐに歩いた。時々すれ違う車のヘッドライトに照らされる度、心の中で悲劇のヒロインを演じている自分に耐え難い嫌悪を覚えながら、行くあてもなくただただ歩いた。

一駅分程の距離を歩いた頃、コンビニの店先にあったベンチでようやく静かになった携帯電話を開いた。
待ち受け画面は父と母からの着信ですっかり埋め尽くされていた。その中にたった一筋の救いを見つけた私は、迷わずそれを開いた。