熱を帯びたその瞳が少し恐くて、私はテーブルの上へ視線を逃がした。
掴み損ねて転がり落ちたシャープペンシルが激しい音を立て、汗をかいた麦茶は小さな水たまりを作っている。

「柚歌」

沈黙が破られ、視線と視線が再びぶつかる。
その距離が未だかつてなく近づいた時、私はそっと目を閉じた。
誰に教えられた訳でも無いのに、私はきちんとそうしていた。
マリンノートが染み付いた小宇宙に泰輝の気配だけが色濃くなった時、鼓動は完全にコントロールを失い、私たちの唇はゆっくりと重なった。


「ごめん」

目を開けると、すっかり元通りのその場所で、泰輝は麦茶を一気に飲み干していた。少々荒っぽく置かれたコップの中で、小さくなった氷がカラカラと乾いた音を立てた。


シャープペンシルを拾ってテーブルに向き直る。
何事も無かったように振る舞うには、まだ鼓動が速すぎた。

「私は……別に嫌じゃなかったよ」

「……本当に?」

一度だけ頷いた時、横目で見た泰輝の耳は真っ赤だった。けれど私の顔はきっと、それ以上に赤かったのだと思う。

「じゃあ、もう一回していい?」

「え?」

返事は出来なかった。
私の唇はもう、既に塞がれた後だった。

「柚歌?」

「うん?」

「好きだよ」

「うん。私も」

溺れてしまいそうな程に、長い長い三度目のキスの後、泰輝は優しく微笑んで、私を強く抱きしめた。