「今じゃすっかり丸くなって、真面目に仕事してるから安心して。柚歌の事も気に入ったみたいだし」

「そっか。でもなんか、優しそうなお兄さんだね」

私は本音とお世辞半分半分の相槌を打った後、慎くんが持ってきてくれた麦茶で喉を潤した。

再び訪れた平穏の中で、私たちはそれぞれに問題を解いた。いつもは五分と持たない集中力が、受験生の彼を目の前にすると存分に発揮された。

「ねぇ泰輝、この問題分からないんだけど」

「ん?どれ?」

シャープペンシルを回していた手が、ぴたりと止まる。
次の瞬間、泰輝が思ったよりも近くに寄ってきた事で、私は一瞬たじろいだ。

「えっと……これなんだけど」

プリントから目を離さないまま、それを指差す。
エアコンの風の音と雨が窓を叩くのだけが、やたらと鮮明に聞こえた。
不自然なまでに長い有機的沈黙が、私の心臓を煽る。

私は意を決してゆっくりと顔を上げた。焦げ茶色の瞳は、何故かしっかりと私を捉えている。