「初めまして、柚歌です」

恐る恐る挨拶すると、泰輝のお兄さんは突然くしゃっと笑った。その笑顔はやっぱり泰輝に似ていて、少しだけほっとした。

「柚歌ちゃん、よろしくね。俺は(しん)。泰輝に何かされたら俺に言いな!」

その名前を聞いて、内心驚いた。

「兄ちゃん、もういいって。柚歌引いてるから」

「悪りぃな。でも俺、柚歌ちゃんとはなんか仲良くなれそう」

豪快に笑った慎くんの視線が一瞬、私の左耳を捉えたような気がした。

「それじゃ、ごゆっくり。柚歌ちゃんまたねー♪」

慎くんは少しも似合わない花柄のお盆を片手に、部屋を出て行った。

「ごめんね、なんか馴れ馴れしくて。あれ俺の兄ちゃん。今年二十二歳」

「泰輝のお兄さんって、あの斎藤慎くん?」

「あー……やっぱり柚歌も知ってるか。兄ちゃんの事」

「まぁ、ね。有名人だもん」

泰輝は少し気まずそうに、苦笑いを浮かべた。

慎くんは昔、この辺りでは名の知れた暴走族の総長だった。
"斎藤慎"その名前は、当時小学生だった私ですら知っていたくらいなのだ。
ヘルメットを被る代わりに後頭部に不気味なお面を着けて走るその奇妙なバイク集団を、私は下校中に何度も見かけた。
その中でいつも一番派手なバイクに乗っていた一番恐そうなお兄さん、それが慎くんだった。