露わになった太ももを押さえた後で、恐る恐る泰輝くんを見上げた。
その顔に曇った瞳を見た時、それはもう手遅れだったと分かった。

まるで世界が終わってしまったかのように、波音だけが鼓膜の中に繰り返される。
私はそれがとても恐くて、不謹慎に笑うしかなかった。

「ごめん。俺、今のは……見なかった事には出来ない」

泰輝くんが少しも表情を崩さないままで重い沈黙を破った時、私は言い逃れしなかった。
何を言っても、どう誤魔化しても、きっと誰がどうみても、私の右ももに無数に刻み込まれたそれは、自らつけた傷痕でしかないからだ。

けれど私はその懺悔と衝動の群衆をこの広い宇宙の誰にも明かしたことはなかったし、これからもそうしていようと思っていた。
気まぐれな風は私の未熟さを嘲笑うかのように、それを暴いた。

「ごめんね。なんか、変なもの見せちゃったね」

泣きたい時程平気な顔をして笑ってしまうのは、一体何故なのだろう。
泰輝くんは俯いて、いつまでも黙ったままだった。

「ごめん。私、帰る!」

それ以上はもう耐えられそうになかった。
階段を駆け上がった時、去り際に香った爽やかすぎる香りが胸を押しつぶした。
どこまでも澱みなく澄んだ彼は、私にはあまりに遠すぎた。

「柚歌ちゃん!」

背後で私を呼ぶ声がした。
私は振り返らなかった。堤防沿いをただ走った。
喉の奥で血の味がして心臓が破れそうになっても、もうどうにでもなればいい。そう思いながら、駅までの道をひたすら走り続けた。