「柚歌ちゃんも俺がいないと寂しい?」

ドキリとして顔を上げると、泰輝くんは冗談っぽく笑っていた。けれど私は"はい"とも"いいえ"とも答えられず、笑ってやり過ごしただけだった。
こんな時那月ならきっと、素直に「寂しい」と言えるのだろう。どこまでも可愛げがなく子どもじみた自分に、私はほとほと嫌気がさした。

「柚歌ちゃんは何するの?夏休み」

少し重たくなった空気を察してか、泰輝くんは話の流れを変えた。

「私は数学のテストで赤点取っちゃったから、補習。課題まで出されちゃった」

他にこれといって予定もなかった私は、話の種にとクリアファイルに入れたままになっていた、まっさらなままのプリントの束を鞄から取り出して見せた。

泰輝くんはそれを私の手から奪い取ると、一枚目のプリントを「あぁ」とか「うん」とか言いながら見た後で、残りの数枚には黙って目を通していた。
キョロキョロと動く焦げ茶色の瞳と時々ふわふわ上下する長い睫毛が、あんなに怖かったはずの沈黙を私に忘れさせていく。

彼が突然プリントから顔を上げた時、その横顔にすっかり吸い込まれていた事に気がついて、私は不自然なまでに目を逸らしてしまった。