「親に同意書さえ書いて貰えれば、柚歌ちゃんも体験出来るよ。俺さ、夏休みになったらいつもお世話になってるダイビングショップでバイトするんだ。だから良かったら、いつでもおいでよ」

泰輝くんはそう言って、財布に入っていたダイバーのライセンスカードを得意げに見せてくれた。

海の底はどんなに素敵なのだろうか。
未だ見ぬ世界に思いを馳せた直後、私は現実がそんなに甘くない事を思い出した。

「うちのお母さん、絶対ダメって言うだろうなぁ……このあいだもバイトしたいって言ったら"高校生は勉強だけしてればいいの!"って怒られたばっかり」

あの日以来左耳にぶら下がる蜘蛛に触れながら苦笑いした。
いつだって、母の答えは決まってNOだ。
だから私は諦めるか嘘をつくか、いつもそのどちらかを選択する。

「そっか。柚歌ちゃんは女の子だから、きっとお母さんも心配なんだろうな」

「うーん……そうなのかもしれないね」

''女の子だから"

私は母に縛られ続けている事を、そんな一言ではとても片付けられそうになかった。
けれどそう言った泰輝くんの横顔がなんだかとても大人びて見えて、それ以上はもう何も言わないでおく事にした。