私たちだけの秘密の場所は、すっかり変わってしまっていた。
なんとか一人きりで堤防を登り切れたところまでは良かったけれど、階段を降り切る前に、すぐに異変に気がついた。
砂浜のあちらこちらにゴミが散乱し、いつの間にか立った"花火禁止"の看板の周りには、手持ち花火が何本も突き刺さっていたからだ。


階段の一番下段で腰を下ろし、目を閉じる。
懐かしい潮の香りを出来る限り胸いっぱいに吸い込んでみたものの、それはやっぱり、私にとっては十分ではなかった。

"二人だけの秘密ね"

君の言葉を思い出す。
いまだに照れ臭いような気になって、誰もいない砂浜でひとり微笑む。
二人だけの秘密が時を経て暴かれてしまった事を、君は知っているのだろうか。
 
八年前の夏の日。
私を此処に連れてきた君は、今、私の隣にいない。  

「泰輝」

返事はない。
薄いオレンジの空の下、唯一私の鼓膜を揺らしたのは、限りない波音と微かな風のざわめきだけだ。


初めて此処へ来た日の事は、今もはっきりと覚えている。
君の穏やかな横顔や香り。
初めて握った大きな手。
風にたなびいていた、カッターシャツの真っ白さ。
胸の高鳴り。

あの瞬間のなにもかも。


高校一年生の夏、世界は急に輝きだした。

あの日々に"初恋"と名前をつけたのは、それからずっと、後になってからの事だった。

鮮烈で

苦しくて

愛おしくて

あっという間に消え去った君の香りを、大人になった今もまだ、私は忘れる事が出来ずにいる。