転職が決まってからというもの、健ちゃんはなんだかんだと文句を言いながら引っ越しの準備を手伝い、今日も空港まで見送りに来てくれた。
そして私のスーツケースは今この瞬間も、健ちゃんの手によって転がり続けている。

「色々ありがとね、健ちゃん」

「何だよ改まって、気持ち悪ぃな」

「失礼だなぁ。人がせっかく感謝してるのに」

「そういうの、キャラじゃねーだろ」

「そうだけど、感謝してるの」

「おー。分かった分かった」

今日の健ちゃんは、いつもに増してぶっきらぼうだ。
私たちには相変わらず名前がないまま。友達でも、恋人でも無い。
健ちゃんは、ただの健ちゃんだ。
一つ言える事があるとすれば、健ちゃんと離れるのは、少し寂しい。

「健ちゃん、インスタントラーメンばっか食べないでね。お酒も飲みすぎちゃダメだからね」

「急に心配性のかーちゃんみたいな事言い出すなよ。俺と離れるのが寂しくなったか?」

「なにそれ、健ちゃんは寂しくないみたいな言い方だね」

「そんな事言ってねーだろ」

「なんだー、本当は寂しいのか」

「はー。最後まで面倒くせぇやつ」