あの町に帰っても、私はもう元には戻れないだろう。

意識の輪郭を削いで行くアルコールの心地よさと健ちゃんの肩に身を委ねながら、ふとそんな事が頭をよぎった。
私はもう取り返しが付かない程に、知らなくてもいい色々な事を随分と知り過ぎてしまっていた。
知る事は簡単だ。だからこそ、一度知ってしまえばもう二度となかった事に出来ない恐ろしさが、いつまでも私を苦しめ続けるのだ。

微かに空が明るくなり始めた明け方四時。
その残酷さと次第に鮮明になっていく意識の狭間で、私はまた健ちゃんに抱かれていた。
いつまでもずっと、私は目を閉じていた。
一度でも目を開けてしまえばそこに存在するのは、進む事も戻る事もままならない日常と、空っぽの私たちだけだ。

慎くんから電話が掛かって来たのは、それから二日後のことだった。
泰輝の居ない六回目の夏、私は小さな港町に帰る事を決意した。