「泰輝?……泰輝!柚歌だよ!」

いつまでも続く沈黙の中、私は愛しい人の囁きだけを望んだ。

「泰輝起きてよ!帰ろう!ねぇ……聞いてる?泰輝!ねぇ起きてよ!」

揺すっても揺すっても、返ってくるのは静寂ばかりだ。

「柚歌ちゃん、ごめんな……泰輝はもう起きねぇんだってさ……意味分かんねぇよな……」

柄にもなく震える慎くんの声が、私にあっけない終わりを告げた。

「柚歌さん、申し訳ない、こんな思いさせて……本当に……申し訳ない」

泰輝と慎くんによく似たその人は、絞り出すように言って深々と頭を下げた。
泰輝のお父さんにかけられる初めての言葉がこんな悲しいものだという事を、私は一体どうしたら予想できたのだろう。

「だって……寝てるだけなのに……違う!絶対にそんな訳ない!」

私は震えの止まらない足を無理矢理動かして、その場所を飛び出した。
世間体も羞恥心も何もかもを投げ捨てて、どこまでもついてくる長い廊下を振り切って、この悪い夢の出口だけを必死に探した。

「柚歌!」

「柚歌ちゃん!泰輝は?大丈夫なんだろ!?」

ようやく見つけた光の向こうで、父と秀くんのすがるような目はいつまでも私を離さなかった。あまりに残酷な現実を、私はいよいよ受け入れなくてはならなかった。

「ねぇお父さん……泰輝、生きてるよね?……寝てるだけだよね?だって、ちゃんと温かいのに……なんでなの?なんで……誰か生きてるって言ってよ!嘘だって言ってよ……」

終わりのない悪夢の中、秀くんと私は子どものように声を上げて泣いた。
ひんやりした廊下にうずくまって、病院中に響いてしまいそうなほどに大きな声で。

私たちはそこで、いつまでもいつまでも泣いていた。