慎くんは真っ白な部屋の前で足を止めると、なにも言わないまま、私の背中を一度だけ押した。
「斎藤さん、彼女さんが来てくれたよ」
ベッドの傍にいた看護師さんは私に気付くと、泰輝にそう声を掛けて部屋を出て行った。
一刻も早く顔を見て安心したかったはずだった。けれど重苦しくも清潔な、病院特有の匂いの中に足を踏み入れる事を、本能は拒んだ。私はそれをどうする事も出来ずに、両足を引きずるようにして、ようやく泰輝の元へ辿り着いた。
傷ひとつない顔に微笑みを浮かべて、泰輝は穏やかに眠っていた。
「泰輝、心配かけないでよね」
いつもの調子で不平を口にして、彼の頬にそっと触れてみる。
柔らかな温もりはすっかり冷えていた私の指先に染み渡り、それは不思議なくらいに心地良かった。
「柚歌ちゃん……」
聞き覚えのある優しい声は、小さく震えていた。何も聞きたくなくて、私は顔も上げずに首を横に振った。
「泰輝ね、頑張ったんだけど……泰輝……ダメだったの……」
泰輝のお母さんは途切れ途切れにやっとそう言うと、その場に泣き崩れた。
分かっていた。
この部屋に足を踏み入れた瞬間から、私は心のどこかでそれを感じ取っていた。
それでも目の前の泰輝は確かに温かいままで、声を掛ければ今にも目を覚ましそうなのだ。
「斎藤さん、彼女さんが来てくれたよ」
ベッドの傍にいた看護師さんは私に気付くと、泰輝にそう声を掛けて部屋を出て行った。
一刻も早く顔を見て安心したかったはずだった。けれど重苦しくも清潔な、病院特有の匂いの中に足を踏み入れる事を、本能は拒んだ。私はそれをどうする事も出来ずに、両足を引きずるようにして、ようやく泰輝の元へ辿り着いた。
傷ひとつない顔に微笑みを浮かべて、泰輝は穏やかに眠っていた。
「泰輝、心配かけないでよね」
いつもの調子で不平を口にして、彼の頬にそっと触れてみる。
柔らかな温もりはすっかり冷えていた私の指先に染み渡り、それは不思議なくらいに心地良かった。
「柚歌ちゃん……」
聞き覚えのある優しい声は、小さく震えていた。何も聞きたくなくて、私は顔も上げずに首を横に振った。
「泰輝ね、頑張ったんだけど……泰輝……ダメだったの……」
泰輝のお母さんは途切れ途切れにやっとそう言うと、その場に泣き崩れた。
分かっていた。
この部屋に足を踏み入れた瞬間から、私は心のどこかでそれを感じ取っていた。
それでも目の前の泰輝は確かに温かいままで、声を掛ければ今にも目を覚ましそうなのだ。