弱みを握られたようでなんとなくばつが悪くなった私は、話題を変えようとある提案を持ちかけた。

「明日バーベキューの後、夜はうちで夕食どう?お父さんもお母さんも泰輝に会いたがってたよ」

父も母もあの家出騒動を境に、泰輝の事をすっかり気に入ってしまったようだ。

「せっかく帰ってきたし、俺も挨拶に行きたいと思ってたんだ。ちょっとしたお土産もあるし。ちょうどいいからお言葉に甘えようかな」

「そうして。お父さんもお母さんも、きっと喜ぶと思うから」

「分かった!それじゃ、明日もある事だし、今日は早めに帰ろうか」

彼の言葉に頷いて、私はお尻の砂を払った。

当たり前のように差し出されたその手を握って、駅までの道のりを一緒に歩いた。離れて暮らす分、今はこんな些細な時間さえ愛しく思える。

「柚歌、気をつけて。明日は秀の運転で迎えに行くと思うから」

「うん、待ってるね!じゃあまた明日!」

「あ、柚歌待って」

繋いでいた手を解いて改札口へ向かおうとした時、泰輝はそれを阻むかのように私の手首をぎゅっと掴んだ。

「うん?」

「忘れ物!」

真っ黒い腕にいっそう力がこもった時、唇は奪われ、私はすっかり慣れ親しんだその香りに一瞬で包み込まれた。
行き交う人々の何人かが、私たちを横目でちらりと見るのが分かった。

「恥ずかしかった?」

「……ちょっとだけ。大好きだよ、泰輝」

「俺も大好き。じゃ、また明日ね」

「うん、また明日」

改札の外側から、泰輝はいつまでも手を振っていた。
私はホームへと続く階段を登りながら、彼と初めて出会ったあの日の事を思い出していた。