「柚歌!」

聞き慣れた声に導かれて目線を移すと、満面の笑みを浮かべた泰輝がそこに立っていた。
数ヶ月ぶりに見たその姿が少しも変わっていなかった事が嬉しくて、私は人目を憚る事なく彼の胸に思い切り飛び込んだ。

「泰輝〜会いたかった!」

「俺も。無事着いて良かった。疲れただろ?」

「泰輝の顔見たら疲れが吹き飛んだよ」

「それは良かった」

持ってきた荷物も罪悪感も、泰輝の腕が全てをさらって、私はそこでようやく安息と解放感を得た。

泰輝は人混みの中を、慣れた様子でずんずんと進んでいく。
併設された駅でローカル線に乗り換えると、車内には先程までの混雑が嘘であったかのような穏やかな空気が流れていた。

電車が動き出して程なくして、泰輝は私の肩でうたた寝を始めた。昨夜は新しく始めたばかりの居酒屋のアルバイトで、遅くまで働いていたらしい。
その寝顔と車窓に流れてきた海水浴場に少しほっとした直後、急に母の事を思い出してチクリと胸が痛んだ。
握られたままの左手にぎゅっと力を込める。微睡み続ける表情の中に、一瞬笑顔が浮かんだ。

六つ目の駅の直前で、泰輝をそっと揺り起こした。初めて降り立ったその場所には、どこか親しみを感じるノスタルジックな風景が広がっていた。