カイ……。
 この気持ちは何? 
 涙と同じ。悲しいのに温かい。


 カイという名前は本当の名前ではなかった。
 ゲルダの名前も本当の名前ではない。
 子どもの頃、文字を覚えた時に読んだ『雪の女王』という絵本。その中の男の子と女の子の名前を、互いの呼び名にしたのだった。
『僕の心がどこかに消えてしまったら、ゲルダが探しに来てね』
 小さなカイが言った。
『私の心はカイが探しに来てね』
約束だよと笑い合った。
 ゲルダは一人で壊れたゲートの外に出て、唐檜の根元の黒い石と青い硝子の欠片を拾った。
黒い石をカイは持って行かなかった。
 きっと途中で取られてしまうから。そう言ってゲルダの手のひらに載せた。
『青い欠片と一緒にどこかに隠して』
 ゲルダは頷いて、それを唐檜の根元に戻しておいた。今、それを拾ったのだ。
 十月の終わりにカイは『施設』を去った。二ヶ月に一度飛来する無人ヘリに乗って、森の外側にある医療機関に運ばれていった。
 H2120C5M
 それがカイの正式名称。
 冷たい土を踏みしめて、ゲルダは川に向かった。
 カイと過ごした小さな岸辺に二つの宝物を返す。
大小の石に紛れて、小石と欠片は、少し目を離しただけで、どこにあるのかわからなくなった。