「カイ、だめよ!」
 『施設』のゲートは電子キーで閉ざされている。無理に開ければ監視センターのドローンが視察に飛んできたら、また部屋から出られなくなる。
 けれど、カイは振り向いて「大丈夫だよ」と笑う。
「南のゲートはずいぶん前から壊れてる。開けても誰も気づかないよ」
「ほんとなの?」
「本当さ」
 カイの金色の髪と青い瞳がキラキラ光る。笑みを浮かべたカイが銀色のゲートを押すと、それは簡単に開いた。ゲルダは黒い瞳をいっぱいに見開いた。
「嘘みたい。こんなに簡単に開くなんて」
「絵本の隅にメッセージがあった。前にもここから外に出た子がいたんだ」
 壊れたゲートを抜けて、カイとゲルダは『施設』を抜け出した。
 ゲートの先には何もなかった。
どこまでも森が広がっている。道路もなければ人が踏み分けた細い道の跡さえない。
「誰も出てないみたいよ?」
「出たのはずっと前だ。ゲルダ、足元に気を付けて」
 カイが伸ばした手を取って、(やぶ)で覆われた森の中を進んだ。草と樹木と土の匂いがした。
 少し行くと川が見えてきた。河原があり、二十一世紀の人々がバーベキューやキャンプなどの屋外レジャーを楽しんだ跡が残っていた。
 朽ちかけたアルミ缶と硝子瓶の欠片《かけら》。錆びた鉄が、元はどんなものに使われていたのかはわからない。前世紀の遺物。
 大小の小石の中から黒く光る石を拾って、カイが高く手を挙げた。
「見て。ゲルダの瞳みたい」
 ゲルダも足元を探した。青い硝子瓶の横に細かい欠片が落ちていた。欠片の一つを拾い、明るい日差しにかざした。
 透明な硝子の向こうに淡く色づいた初夏の空が見えた。硝子の欠片はカイの目の色に似ていると思った。
 ゲルダがそれを差し出すとカイは嬉しそうに笑った。金色の長い髪に木漏れ日が落ちて、きらきらと光の粒が零れる。
 眩しかった。
 最後の夏。
 十八歳になった二人は、今年のうちに『施設』を出ることが決まっている。だからこの夏が最後。
 手に入れた宝物を握りしめ、来た道を戻った。森はどこまでも続いていてヒトの足でその外へ出ることはできない。3Dディスプレイが映しだす立体衛星写真がそれを教えていた。
 壊れたゲートの手前で、森との境に立つ唐檜《からひ》の根元に宝物を置いた。『施設』の中には持ち帰れない。コンクリートと強化硝子でできた建物はどこまでも清潔で、余計なものがあればすぐに清掃ロボットが片付けてしまうから。
 小さな中庭に土はなく、宝物を隠せるような場所はどこにもなかった。