すらりと伸びた身長。染めたこともない黒いボブヘア。短く切り揃えられた爪。全てがコンプレックスだ。窓に映る姿に苛立ちすら、覚える。

 はぁと深いため息を吐き出した背中に軽い衝撃。誰かに背中を強く押されたようだ。振り返れば、遥。

「何見てんだよ」
「外見てた」
「物思いに耽ってんの?」

 横に並ぶ遥の肩は私と同じくらいで、唇を噛み締める。小さくて可愛い子だったら、関係性は変わっていたのかもしれない。

「何が用だったんじゃないの?」

 不意に思い返して、遥に問い掛ければにぃーっと綺麗な笑顔を作る。

「卒論の相談のってくんね?」
「またかーい」
「つばさにしか、言えねーんだって」
「はいはい、パソコン開きなよ見てあげるから」
「さっすが、頼りになる」

 遥の小さめなパソコンの画面を2人で肩を寄せ合って見つめる。肩が触れても、手が触れても、遥は私を意識しない。

 こんなに近くにいると、胸のドキドキが遥に聞こえてしまいそうで怖い。

「ここが、どうやってもうまくまとまんなくて」

 指先を、冷静に目で追う。胸のどきどきもいつのまにか、身を潜めて静かになってしまう。1番適切な文章は、接続詞は、頭の中は論文のことで埋め尽くされた。

「この書き方に変えたらいいんじゃない? 収まりも良くなると思う」

 私が言った言葉を参考に、細長い華奢な指がキーボードを叩く。揺れ動く指に触れたくて、横で握りしめた手が揺れる。

 ふーっと長いため息の後に、見上げた瞳が蛍光灯を反射して輝いて見える。目の奥に、好きなんて書いてあったらいいのに。そう思いながら覗き込んでも、映るのは私の顔だけ。

 へにゃりと柔らかく笑って私を見つめる姿は、彼女へ見せる顔とは違う。

「さすがつばさ様様」
「ふざけてるの?」
「まじで、感謝してるんだって。何飲む? お礼に奢る、いつもの抹茶オレでいい?」

 抹茶オレだって本当は好きじゃない。甘いものは得意じゃないし、ブラックコーヒーの方が好き。でも、遥がいつも抹茶オレを飲むから……

 じぃっとまた瞳を見つめてしまっていたようで、遥の顔が不思議そうな表情に変わっていく。

「俺の顔になんかついてる?」
「なんでもない、なんでもない。抹茶オレもらおっかなー! 10秒以内で」
「また、そういう無茶振りする。ちょっと待ってろよ」

 そう言って立ち上がった遥の背中をぱしんっと軽く押す。素早く駆け出す遥の背中は、私とは違って広い。

 絶対ありえないのは分かってるのに、祈ってしまう私は悪い子だろうか。



 どれくらい経っただろうか。遥がいない間も遥のことばかり思い返してしまう。この気持ちはいつからだったろう。

 大学に入学してから、ずっと仲の良い親友みたいな関係だった。遥の隣にはいつも小柄な可愛い彼女がいて、あの子になりたいなんて思いもしなかったのに……

 遥が戻ってきた音がして、顔を上げれば空中に浮く抹茶オレの缶。

「ほらよ」

 がっちりキャッチすれば、遥は悪戯っぽく笑った。

「ありがと」
「こちらこそ」

 口に含んだ抹茶オレはやっぱり、甘ったるい。それでも、後味がすっきりとしていてまだ飲める。

「つばさがいてくれて、ほんと助かるよ」
「なに、今更」
「まじで感謝してるんだよ。彼女はこういうのからっきしで俺の方がこうしたら、あぁしたらって言ってんだよ。学部も、違うしあんまりこういう話しないけど」

 するすると出てくる惚気に、聞こえないふりをする。でも、幸せそうに語る遥は、いつもの三割り増しでかっこいい。ずっと、このまま私は遥の隣で、幸せに笑うのを見るのだろうか。

 その幸せを作れるのは、私じゃないけど。

「つばさが困った時は、俺が助けるからすぐ呼んで」

 急に真剣な目で、私を見つめてそんな真剣なことを言うから喉の奥がぎゅっと締め付けられた。

「ありがと」

 平静を装って声を出せば、思ったよりもいつも通りの私の声。ヤキモチなんて、今まで知らなかったのに。彼女は、いつでも愛されて、大切にされて、いつでも呼んでってこんなことじゃなくても言われてるんだろうな。なんて想像しちゃって。

 呆然と固まった私に追い討ちをかけるように、遥が言葉を紡ぐ。

「じゃ、俺帰るわ」
「え」
「彼女待たせてるし。また、サークルで」
「はいはい、早く行ってあげな」
「おう。言われなくてもな」

 強がった言葉で、去りゆく背中を見送る。絶対ありえないのは、わかってる。わかってるよ。

 それでも、彼女の元へと歩みを進める遥の腕を引き止めれば。背中を抱きしめたら。もしかしたら、私の方を向いてくれないかな。

 傷つきたくないから。変わりたくないから。一歩も踏み出せない私がいる。

「嫌になっちゃうな」

 前はこんなこと思わなかったのに。それでも、私はまだ親友という立場をキープする。ずるい自分に嫌気がさす。それでも、遥の隣に一瞬でも立てるのが幸せでたまらない。

 こんなにもすぐ近くにいるのに。それでも、遥がすごく遠い。

<了>