嶋永誠と彫られた墓誌に目をやり、43歳で他界したことを知る。
「ごめんなさい」
南奈は涙が止まらなかった。
「ごめんなさい」
しゃくりあげながら、線香を供えて手を合わせる。
「南奈は悪くない。ちゃんと見てなかったお父さんたちが悪かったんだ」
隣で一緒に手を合わせる父に慰められても涙は止まりそうになかった。
必死に気を持ち直し、線香を供えて手を合わせる。
「ありがとうございました」
南奈は涙を流しながら、墓に向かって深く頭を下げた。
かつて喫茶店を営んでいた嶋永誠は、羽鳥川で溺れた南奈を助けに飛び込んで命を落とした。
霧都と春都は、彼の息子だった。
自宅が担保の借金があったため、息子たちは高校を退学して上京し、水商売で稼いだお金で実家を守った。
「家を売って償おうとしたけど、受け取ってもらえなかった」
久しぶりにそろった両親から真実を聞かされ、南奈は悪い夢のようだと思った。
だが、これはまぎれもなく現実の話なのだ。
霧都はどうしているのか。
母親は精神を病み、春都は不治の病で死の床にあるという。
霧都を支えたい。そばにいたい。
少しでも力になりたい。
許されなくていいから。
南奈は悩みぬいた末、心を決めて前を向いた。
「ずっと罪の意識を抱えながら、霧都のそばにいられるのかよ?」
病床の春都は面会を拒まなかった。
謝罪を黙って聞いた後、彼は充血した目でじっと南奈を見た。
「はい」
自宅での最期を望んだ春都を、霧都は独りで看病していた。訪ねた南奈に驚きはしたが、家にあげてくれた。
「じゃ、絶対に逃げんな。霧都のそばで償い続けろ。もし、あいつが他の女と結婚しても文句は言うな。一生、どんなにつらくても離れないで仕えろ。それが罰だ。裏切ったら祟ってやる」
「ありがとうございます」
「祟るって言われてんのに、何がありがとうだよ」
変な女、と春都はつぶやいて目を閉じた。
「疲れた。寝る」
南奈はそれから夜までいて、あれこれ霧都を手伝った。
「悪いけど送れない。タクシー呼ぶから」
いつ急変するかわからない春都を独りにしておけないことぐらい、南奈にだってわかる。
「また来ます」
「……きみは強いね」
「霧都さんのお父さんに救ってもらった命だから」
「そっか」
霧都の表情は、少しは穏やかになったが、苦悩の色の方が濃い。
「明日も来て。明後日も、夏休みの間ずっと」
「来ます!」
「……冗談だよ」
霧都の口調は少しやんちゃな響きがあって、それが素なのだと思うと南奈は複雑だった。
いつか一緒にここで暮らし、琥珀みたいな店をやって、羽鳥川を散歩することが出来たら……霧都を幸せにすることが出来たら。
でもそんな夢は、かなうはずがない。
霧都が南奈を伴侶に選ぶことは、きっとない。いつか父親の店を再建したとしても、南奈に手伝わせてはくれないだろう。
それでもいい。
南奈が、霧都の家族を幸せを壊した事実は、けっして消えないのだ。
そばにいることを許してくれるのなら、懸命に償い続けるしかない。それ以上を望んではいけない。
「またね、霧都さん」
南奈は深い思いをこめて微笑みかけた。
(終わり)