祐加(ゆうか)ちゃん、本当に大地(だいち)とは何もないの?」

 チャイムが鳴るのと同時にいきなりかわいい女子高生たちに呼び出され、何事かと思えば、またお馴染みの用件に驚くのを通り越して言葉を失う。
 薄いメイクの施されたお人形のようなお顔にくるんと巻かれた髪の毛。加えて雑誌に出てくるファッションモデルのように制服をおしゃれに着こなした彼女たちを前にすると、こんなにも充実した学生活を送っていなかったにしても、ついこの前まではわたしもこちら側にいたが人間のはずなのに、今ではまるで別世界の住人のように我々の間には大きな壁が見える。
 できるだけ平静を装い、「そんなわけあるはずないでしょう!」と笑って返す。
 目の前で明らかに納得のいかないといった顔でわたしを睨み付けている三人の女子学生たちはそれぞれの反応で頬を染める。
「だって、祐加ちゃん、大地とすごく仲いいし…」
「うん、確かにそうだけど、私はできるだけみんなと仲良くなりたいと思っているの。どちらかと言えば、倉田(くらた)さんや中村(なかむら)さん、それに大田(おおた)さんとも仲いいつもりだけど?」
 わたしは大人なのだと自己暗示をかけると、突然脳裏に浮かんだ言葉がするりと声になった。本当にずるい大人になったものだ。
 彼女たちは返す言葉に困ったのか、「そ、そうだけど…」と気まずそうにちらっとわたしを見ては視線を逸らす。
 可愛いな、と思って、すぐに後悔した。
 目の前で悔しそうに俯く彼女たちは、『大地くん』に本気で恋をしていることを、わたしは知っていたから。だから、
「何もないわ。あるはずがない。」
 だって、
「わたしはあなた達の先生なのよ」
 泣きそうな表情の彼女たちに私は言った。
 できるだけ、冷静に、かつて憧れた大人の先生という像をイメージして。
「それに、『祐加ちゃん』じゃなくて、これからは『森本(もりもと)先生』ってちゃんと呼んでね」
 なかなかうまくいかないものだ。
 わたし自身も彼女たちくらいの頃は素直に先生と呼べず、何度も困らせてしまった過去はあるものの、いざ自分が同じ立場になるとその複雑な心境に気づかざるを得ない。
 無意識の作り笑いも引きつってしまった気がする。
 四週間行われた母校での教育実習もついに明日で終わろうというのに、結局最後まで誰ひとりとしてわたしを先生扱いしてくれなかった。それどころか、いざ生徒に呼び出されれば授業の質問などではなく、いつもあるひとりの生徒との関係を問いただされるものばかりだった。
 納得がいかないようだったけど、とりあえず諦めてくれた彼女たちの姿を遠目に、こらえていたため息が盛大に漏れた。完全に今、幸せを逃したんだと思う。
(この大学三年間、彼氏も作らず必死に勉強に励んできた私のどこに、男子高校生を落とす技術があると言うのよ!)
そう叫んでやりたいものだけど、可愛い可愛い生徒たち相手にそんなことができるはずもなく、後ろから楽しそうに笑う声が聞こえてきたタイミングで咳払いをし、わたしは改めて平静の仮面をつけることに徹した。