「本当に、四週間、ありがとうございました」
 大きな拍手に包まれたわたしは、大きな花束を抱き、今までにないほどの晴れ晴れした気持ちで大勢の生徒の前で頭を下げた。昨日とは、まるで別人のようだ。
 どす黒く染まっていた心の汚れは、大粒の涙と一緒に流れてしまったように思えた。
『先生、僕、頑張ります』
 西野くんは最後にそう言って笑ってくれたし、今までわたしに散々文句を言ってきた女の子たちも、最後の日にはわたしのために泣いてくれた。
 一時的な嫉妬、そんな不安定な気持ちを何度も繰り返して、人はみんな大人になっていくことをわたしも知っているから、だから彼女たちの気持ちは痛いほどよくわかった。
 現に、年齢上では大人と呼ばれるようになったわたしだってそんな気持ちになることはあるのだから。
『俺、森本ちゃんに負けないくらい立派な教師になるよ』
 高梨くんも笑ってくれた。それでまた口説きに行くから、と相変わらずではあったけど。
「お疲れさまでした~」
こっそり嫉妬してしまうほど完璧な先生、小池先生も満面の笑みをわたしに贈ってくれる。
「小池先生、お世話になりました」
「もっと可愛い後輩と一緒にいたかったわ」
 残念そうにそう言ってくれた小池先生は、そこではっと気付いたように辺りを見渡した。
「そういえば、うえっちは?」
「すぐに行くって言ってたのに」
 大きな花束をかざすようにしながら、高梨くんも不思議そうに辺りを確認する。
「担当ということで、誰よりも森本先生のこと気に掛けてたのにね」
 小池先生の声が遠く感じられた。
 これが最後だ。 
 それがわかっていたからこそ、お礼が言いたかった。
 そのまま直感で動き出した自分の衝動を止めなかった。
 この四週間、わたしは何度も道に迷って、絶望的な気持ちになって立ち止まる事もあったけど、いつもさり気なく道を記してくれた道標に向かって、わたしは走り出した。