「よっ、犯罪者」
「まじでやめろ」

 帰宅して早々、草野潤平の軽口が俺の精神を削る。
 やっぱり相談しなきゃよかった、と思いつつそれは無理だっただろうなと過去の自分を慰めながら冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出す。
 下手をすれば親子ほど年が離れた女子高校生に好意を寄せられるなんて、一人で抱えるにはあまりにも突飛で、ありえない事象だからだ。

「ジュース取って」

 潤平はビールが飲めない。理由は味が苦いから。その苦味もひっくるめてビールは美味いのに。

「子どもだなぁ」
「お前ほどじゃないよ」
「俺のどこが子どもなんだよ」

 俺の反論はすでに潤平の耳には届いていなかった。
 潤平とは保育園からの付き合いで潤平を一言で表すとすれば「変なやつ」だ。どれくらい変かというと、仕事、というか人間関係に疲れて突然地元に帰ってきた俺を家に住まわせてくれるくらいには変だ。
 俺の両親は健在だが、色々と折り合いが悪く家に帰れないと愚痴ると、じゃあうちに住めばと潤平が言ったのがすでに半年前になる。
 俺は現実的にも精神的にも、潤平に救われている。だからついつい喋ってしまったのだ。ま、言えていないことももちろんあるけど。

「よしっ」

 テレビ画面には派手な太い文字で『ホームラン』と出ている。潤平はいつも「実況パワフルプロ野球」をやっている。俺が家を出る時も帰った時もだ。
 潤平はある程度金が貯まると離職し、貯金が尽きたらまた働くというサイクルで生きている。今は人生三度目の無職期間だ。

「女子高生に言い寄られてる時点で立派な犯罪者だろ」
「言い寄られてないって。ただなんとなく、好意は持たれてるだろうなって」
「きも。自意識過剰かよ」

 潤平の口の悪さにももう慣れた。潤平は童顔だ。それに加えて長く働いたことがないから顔に疲れがなく、余計に若く見える。やっぱりどう考えても、潤平の方が子どもだ。
 子どもの戯言なんか軽く聞き流してしまいたいところだが、正直今は参っているのでいちいち精神が削られる。
 自意識過剰。そうであればどれほど幸せだろう。
 三十六歳にしての再就職は想像以上に厳しく、やっと決まった塾講師の仕事。なのに生徒と変な噂が流れでもしたら速攻でクビになる。
 それに、俺は彼女に弱みを握られている。下手に動くこともできない。

「どうしようか」
「いいじゃん付き合っちゃえば?」

 潤平は無責任に言い放ち、「あ、無理か」と自分で言ったことにケラケラと笑う。

「そうですね」

 俺はわざとテレビの前を通り過ぎ、座椅子に腰掛ける。ちらりとテレビ画面を見ると二頭身のキャラクターが空振りし目を回しながら地面に倒れていた。
 ざまあみろ。ちょっとだけ大人気なかったかな。
 三十六歳、独身二人。想像していた大人とは随分とかけ離れているが存外楽しいものだ。

「それでさ、どんな子なの?」

 カシュッと缶を開け、噴き出る泡を吸い取りながら思い出す。
 村松遥。俺に好意を寄せる高校二年生の女子生徒。そして……。
 口の中の苦味を黄金色の液体で流して俺は言う。

「俺が一番嫌いなタイプだよ」