烏の躯は、私の愛した彼だった。

 タン。
 澄んだ琴の()が、耳に届く。

 夜の気配をまだ残す、朝のはじまり。
 青空よりも青い瑠璃唐草の花畑の上に堕ちた、真っ黒な烏の骸。

 私は、いままさに捕まったところだった。
 雷帝(らいてい)に忠実な武官たちにがっちりと身体を掴まれ、これから、連行されていく。

 事情をまだ知らない侍女たちが烏の躯を見つけはじめて、騒いでいる。神聖なる後宮にかような穢れた者の死骸があるとは、どういうことかと。

 タン、タン、タンタンタタタン。
 琴の音は響き続ける。どなたかの琴の稽古が、続いているのだろう。

「烏の骸は拾っちゃならぬ、烏の骸は拾っちゃならぬ……」

 状況を察知しているのだろうか、早朝の剣の稽古に向かう、高貴な身分の子どもたちが遠い夢のように歌う。繰り返して、繰り返して。
 それは貴い身分の子どもたちのあいだで普通に歌われる、わらべ歌。
 してはいけないことを、子どもたちに伝える役割も担っている。

 そう。烏の骸は拾ってはいけない。
 穢れた生き物の死骸だから。

 私もずっと、そう思っていた。

 いまの私は、以前の私とはちがう。
 烏の骸は――私の運命のひとの、……ほんとうの意味での夫の、亡骸だから。

 私は目を閉じる。
 彼との想い出を、心でなぞる。

 私――雷帝の十三番目の妃の氷乃華(ひのか)は、これからきっと惨く処刑される。
 けれども、恐れない。
 現世にはもう、なんの未練もないから。

 彼の現世での旅立ちを祝福するかのように、今日はよく晴れそうだ。
 瑠璃唐草もいずれは散り、初夏はすぐそこ。
 けれども、寒さの名残を感じさせる風が――目を閉じるとなおのことくっきりと、冷たく、頬を撫でていく。