ふう、とため息をつき、彼はそこで本を閉じる。足音が迫ってくるのに気付いたからだ。
 またか、と頭をかかえたくなる。
(はく)ちゃーん!何読んでるの?」
 彼女が変わりなく飛びついてきて、自分に笑顔を向けるのを見て、またため息が出る。
「白ちゃん、放課後、お茶でもしてかない?」
 無邪気な彼女は大きな瞳を自分に向けてくる。彼は自分の鼓動の音が彼女に聞こえないように少し体をずらす。めまいがした。
「いつまでこんなこと、繰り返すつもりだ?」
 思わず呟いてしまう。
 これが、犯罪者に与えられた罰なのか?
 悔しくて、にぎったこぶしに力がこもる。
 いつまで、いつまで彼女にこの生活をさせる。
 一日一日を大切に生きていると笑う彼女に、こんなこと…

 聞こえてしまったのか、彼女の表情がくもったのがわかった。離れていくぬくもりに名残惜しさを感じる。でも、それでいいと思った。なにも返してあげられない自分のことなんて早く忘れてもっともっと笑ってくれればそれでいいと。
 だが、それは一瞬のこと。彼女はいつものようにすぐに新しい笑顔を作り直す。
 優しい子なんだ。自分の表情をちゃんと読みとって、それでいて近づいてきてくれる。だからこそ自分とは関わるべきではなかった。
 何か言いかけたようで、いつものように彼女は口を噤む。
 そして、彼に背を向け、図書室から出ていこうとする。
 いつもいつもいつも、その繰り返しだ。
 これからの行動だって、すべていやというほどわかっている。
 もう、何度目になるかわからないこの光景の繰り返し。
 まるで操り人形のように、彼女はいつも同じ行動をとり続ける。
 白ちゃん白ちゃんと、何も知らない純粋な瞳に自分を映して。
 彼女が出たら、自分も教室に戻ろう。
 何度繰り返したかわからない動作で、それでも立ち上がらないわけにもいかず、立ち上がった彼は、まだそこに彼女がいたことに気付く。
「永遠に続けるわ」
「え…」
 なぜ?と言いかけて、続く言葉に耳を疑った。
「白ちゃんの心にわたしの想いが通じるまで」
 いつもなら、ここで彼に背をむけたまま出ていくはずであろう彼女が、ふりかえってまた、彼に笑いかけていた。
「も、桃倉(ももくら)…」
「だから、早く私を好きになってね」
 きっと彼女なら、未来を変えることができる。一歩一歩、その足で。
 そう思ったら、不覚にも涙がでそうになって、白夜(はくや)は無意識に彼女を抱き寄せていた。

 信じようと思った。この希望を、また。


Fin...