『好きです。佐藤一樹くんのことが大好きです』
高校二年生の頃、生まれて初めて告白を受けた。相手は引っ込み思案なクラスメイト。名前はもう覚えていない。俺は白川結奈一筋だったし。
『ごめん。お、俺さ……他に好きな人が』
『白川結奈さんですか? あの女が好きなんですか?』
『わ、悪い。お、俺が好きなのは白川結奈だけなんだよ』
『白川さんよりも、あたしの方が絶対に佐藤くんに尽くせますよ』
『尽せるとか尽くせないとかじゃなくてだな……』
『佐藤くんが差し出せと言ったら、あたし何でもするよ。体でもお金でも、求めるものなら全部全部渡せるよ』
『無理だって言ってるだろ。俺は白川結奈が好きなんだよ』
『可愛いからですか? あの人が可愛いからですか?』
それに引き換え、とカノジョは自嘲気味に呟いて。
『あたし……可愛くありませんよね。ブスだもんね……あはは』
『ブスって……そ、そんな言い方はしなくても』
『お前はブスだって、言い切ってください。もう自覚してるんで』
カノジョは醜かった。目は細く。鼻は低く。分厚い唇を持っていた。身長はスラリと高いものの、横にも伸びており、見るからにぽっちゃり型だった。
そんなカノジョは言った。ゆっくりと口を開いて。
『佐藤くん……あ、あたしの気持ちに応えて。好きだって言って』
『無理だ。俺は——』
断りの言葉を入れた瞬間、カノジョは突然彫刻刀を取り出した。美術の時間で使用していたものだ。
『もうこんな世界……生きる意味ないよ……』
色白の顔に向かって彫刻刀を突き立てる。
『この顔がいけないんだ。この顔が。こんな顔じゃなければ……あたしも白川結奈みたいに可愛ければ、あの女みたいに美しければ。それなら、あたしだって。あたしだってあたしだって』
——佐藤くんに好きになってもらえる——
涙を流しながら、カノジョははっきりと呟いた。現実を恨んでいるようでもあり、救いを求めているようだった。常軌を逸したカノジョの元へと、俺は駆け出していた。そして、手に持っていた彫刻刀を叩き落とした。
『認めてくれた佐藤くんが認めてくれた佐藤くんが。あたし、生きてていいんだ。あたし……この世界に生きてていいんだ……佐藤くん、認めてくれたもん。あたし、佐藤くんの為に生きるね』
何を言いたいのかさっぱりだったが、自殺は止めてくれたようだ。
『もう二度と馬鹿な真似はするんじゃねぇーぞ。分かったな?』
『うん。もう二度としない。佐藤くんの為に生きるもん』
告白を受けた後、俺たちは一緒に教室へと戻った。
で、教室に入る前の廊下で、カノジョは小さな声で呟いた。
『頑張るね。佐藤くんの為に、あたしいっぱい頑張るから』
カノジョが最後に言い残した言葉はこれだ。何と、突然気が狂ったのか、カノジョが授業中に奇声を張り上げて、ハサミを取り出し、白川結奈へと襲いかかったのである。
——お前さえ居なければ、あたしは幸せになれたのに——
——お前があたしと佐藤くんの幸せを邪魔するんだ——
——お前が消えれば、佐藤くんはあたしのものなんだ——
その後、カノジョは取り押さえられ、警察に連れて行かれた。どんな意図があってあんな行動を取っていたのかは知らん。何故ならこの事件を切っ掛けに、カノジョは高校を辞めてしまったのだ。精神病棟に居るとか、通信制高校に通ってるとか、噂話は絶えなかったが、正確な情報は誰も分からなかった。
『わ、私を庇って……佐藤君。ごめんなさい。ごめんなさい』
だが、カノジョのおかげで、俺は白川結奈に恩を売れた。一生を掛けても癒えない傷を作ってしまったが。白川結奈へと襲い掛かったハサミを、俺が自分の身を呈して守ったのだ。それから少しずつ彼女は気兼ねなく喋りかけてくるようになったし、何かある度に、俺に優しく接してくれることが多くなった。
『もうぉー。佐藤君ー、ここ間違ってるよ。数学苦手なんだねー』
『あ、佐藤君。先生が呼んでたよ。えっ……日直の仕事があるから行けない? それならここは私に任せて。先に行くんだ!?』
『私と一緒に放課後デートはできないと言うのか!! 佐藤君は!』
『はい。今日は一緒にクレープを食べに行きます。拒否権はありません』
時を重ねる度に、俺と白川結奈は仲が良くなった。
俺と彼女が付き合い始めるのは時間の問題で直ぐに訪れた。
『好きです。俺と付き合ってください。白川結奈さん』
『私も佐藤一樹君のこと大好きだよ。これからもよろしくね』
一世一代。初めての告白は見事に成功。
欺くして、俺と彼女は普通の男女の如く付き合い始め。
そして何の前触れもなく訪れた彼女との別れに涙を流した。
白川結奈——俺が世界で一番愛した彼女がこの世を去ったのは、高校卒業後、一緒の大学に合格し、四月が待ち遠しい春の出来事だ。
『佐藤君。勿論、同棲するよね? 私達恋人同士だし』
と、彼女が提案し、俺もその計画に賛成していたのに。
それなのに、彼女は死んだ。交友関係が広い彼女は多くの人々を嘆き悲しませて。死因は交通事故。突然起きた不慮の事故だ。
***
激しい動悸で目が覚め、ベッドから飛び起きる。
視界は真っ暗闇。止まらない息切れ。
「ぁはぁはぁはぁはぁはあぁはかはぁははふぁは」
落ち着かせようと心臓に手を当て、少しでも呼吸を整える。
深く息を吐き出した結果、大分楽になってきた。
と、思いきや、隣から声が聞こえてきた。
「どうしたの? 佐藤くん、苦しそうだけど」
白川結奈だ。心配そうな瞳で見据えてくる。
「い、いや……何もないよ。怖い夢を見たんだ」
「怖い夢? どんな夢?」
「俺と白川が恋人同士で、でも俺たちは死に別れるんだ」
理由もなく、俺は泣き出していた。
ただの夢なのに。本当にどうしてなのか意味分からないけど。
「何を言ってるの? 佐藤くん、私ならここに居るよ」
母性感溢れる笑みを浮かべて、白川結奈が抱きしめてきた。
「大丈夫だよ。白川結奈はここに居る。私ならここに居るよ」
「あぁーそうだよな。結奈はここに居るよな。うん」
「安心していいよ。佐藤くん、私は絶対に一人にしないからさ」
高校二年生の頃、生まれて初めて告白を受けた。相手は引っ込み思案なクラスメイト。名前はもう覚えていない。俺は白川結奈一筋だったし。
『ごめん。お、俺さ……他に好きな人が』
『白川結奈さんですか? あの女が好きなんですか?』
『わ、悪い。お、俺が好きなのは白川結奈だけなんだよ』
『白川さんよりも、あたしの方が絶対に佐藤くんに尽くせますよ』
『尽せるとか尽くせないとかじゃなくてだな……』
『佐藤くんが差し出せと言ったら、あたし何でもするよ。体でもお金でも、求めるものなら全部全部渡せるよ』
『無理だって言ってるだろ。俺は白川結奈が好きなんだよ』
『可愛いからですか? あの人が可愛いからですか?』
それに引き換え、とカノジョは自嘲気味に呟いて。
『あたし……可愛くありませんよね。ブスだもんね……あはは』
『ブスって……そ、そんな言い方はしなくても』
『お前はブスだって、言い切ってください。もう自覚してるんで』
カノジョは醜かった。目は細く。鼻は低く。分厚い唇を持っていた。身長はスラリと高いものの、横にも伸びており、見るからにぽっちゃり型だった。
そんなカノジョは言った。ゆっくりと口を開いて。
『佐藤くん……あ、あたしの気持ちに応えて。好きだって言って』
『無理だ。俺は——』
断りの言葉を入れた瞬間、カノジョは突然彫刻刀を取り出した。美術の時間で使用していたものだ。
『もうこんな世界……生きる意味ないよ……』
色白の顔に向かって彫刻刀を突き立てる。
『この顔がいけないんだ。この顔が。こんな顔じゃなければ……あたしも白川結奈みたいに可愛ければ、あの女みたいに美しければ。それなら、あたしだって。あたしだってあたしだって』
——佐藤くんに好きになってもらえる——
涙を流しながら、カノジョははっきりと呟いた。現実を恨んでいるようでもあり、救いを求めているようだった。常軌を逸したカノジョの元へと、俺は駆け出していた。そして、手に持っていた彫刻刀を叩き落とした。
『認めてくれた佐藤くんが認めてくれた佐藤くんが。あたし、生きてていいんだ。あたし……この世界に生きてていいんだ……佐藤くん、認めてくれたもん。あたし、佐藤くんの為に生きるね』
何を言いたいのかさっぱりだったが、自殺は止めてくれたようだ。
『もう二度と馬鹿な真似はするんじゃねぇーぞ。分かったな?』
『うん。もう二度としない。佐藤くんの為に生きるもん』
告白を受けた後、俺たちは一緒に教室へと戻った。
で、教室に入る前の廊下で、カノジョは小さな声で呟いた。
『頑張るね。佐藤くんの為に、あたしいっぱい頑張るから』
カノジョが最後に言い残した言葉はこれだ。何と、突然気が狂ったのか、カノジョが授業中に奇声を張り上げて、ハサミを取り出し、白川結奈へと襲いかかったのである。
——お前さえ居なければ、あたしは幸せになれたのに——
——お前があたしと佐藤くんの幸せを邪魔するんだ——
——お前が消えれば、佐藤くんはあたしのものなんだ——
その後、カノジョは取り押さえられ、警察に連れて行かれた。どんな意図があってあんな行動を取っていたのかは知らん。何故ならこの事件を切っ掛けに、カノジョは高校を辞めてしまったのだ。精神病棟に居るとか、通信制高校に通ってるとか、噂話は絶えなかったが、正確な情報は誰も分からなかった。
『わ、私を庇って……佐藤君。ごめんなさい。ごめんなさい』
だが、カノジョのおかげで、俺は白川結奈に恩を売れた。一生を掛けても癒えない傷を作ってしまったが。白川結奈へと襲い掛かったハサミを、俺が自分の身を呈して守ったのだ。それから少しずつ彼女は気兼ねなく喋りかけてくるようになったし、何かある度に、俺に優しく接してくれることが多くなった。
『もうぉー。佐藤君ー、ここ間違ってるよ。数学苦手なんだねー』
『あ、佐藤君。先生が呼んでたよ。えっ……日直の仕事があるから行けない? それならここは私に任せて。先に行くんだ!?』
『私と一緒に放課後デートはできないと言うのか!! 佐藤君は!』
『はい。今日は一緒にクレープを食べに行きます。拒否権はありません』
時を重ねる度に、俺と白川結奈は仲が良くなった。
俺と彼女が付き合い始めるのは時間の問題で直ぐに訪れた。
『好きです。俺と付き合ってください。白川結奈さん』
『私も佐藤一樹君のこと大好きだよ。これからもよろしくね』
一世一代。初めての告白は見事に成功。
欺くして、俺と彼女は普通の男女の如く付き合い始め。
そして何の前触れもなく訪れた彼女との別れに涙を流した。
白川結奈——俺が世界で一番愛した彼女がこの世を去ったのは、高校卒業後、一緒の大学に合格し、四月が待ち遠しい春の出来事だ。
『佐藤君。勿論、同棲するよね? 私達恋人同士だし』
と、彼女が提案し、俺もその計画に賛成していたのに。
それなのに、彼女は死んだ。交友関係が広い彼女は多くの人々を嘆き悲しませて。死因は交通事故。突然起きた不慮の事故だ。
***
激しい動悸で目が覚め、ベッドから飛び起きる。
視界は真っ暗闇。止まらない息切れ。
「ぁはぁはぁはぁはぁはあぁはかはぁははふぁは」
落ち着かせようと心臓に手を当て、少しでも呼吸を整える。
深く息を吐き出した結果、大分楽になってきた。
と、思いきや、隣から声が聞こえてきた。
「どうしたの? 佐藤くん、苦しそうだけど」
白川結奈だ。心配そうな瞳で見据えてくる。
「い、いや……何もないよ。怖い夢を見たんだ」
「怖い夢? どんな夢?」
「俺と白川が恋人同士で、でも俺たちは死に別れるんだ」
理由もなく、俺は泣き出していた。
ただの夢なのに。本当にどうしてなのか意味分からないけど。
「何を言ってるの? 佐藤くん、私ならここに居るよ」
母性感溢れる笑みを浮かべて、白川結奈が抱きしめてきた。
「大丈夫だよ。白川結奈はここに居る。私ならここに居るよ」
「あぁーそうだよな。結奈はここに居るよな。うん」
「安心していいよ。佐藤くん、私は絶対に一人にしないからさ」