「おい……俺の腕を掴むな。服が伸びるだろ」
「佐藤くんが逃げようとするから悪いんだよ」
「お前に関わったら、嫌な予感しかしないからな」
「幸せにしてあげようと思ってるのに」

 膨れっ面だ。本人としては、良いことをしていると思いたいんだろう。
 言わば、俺は哀れな人間だ。恵みを与えて良い気になりたいのだ。
 俺だって、誰かに優しくして良い気分になりたいこともある。
 だがな、ありがた迷惑だと言うんだぜ。

「お前さー本当に俺の家まで着いて来たんだな」

 俺たちの前に立ち塞がるのはオートロック。
 ポケットの中に手を入れ、鍵があることを確認。

「それはそうだよ。幸せにするって誓ったから」

 勝手に言われても困るんだが。
 絶対に離しませんと言わんとばかりに、手を握られた。
 それも恋人繋ぎとか言われる感じの握り方。
 まぁー美人と手を繋ぐという状況を考えれば、悪くない。

「俺は別に幸せにしてくれと頼んだ覚えはないんだが」
「なら、誰かが助けを呼ばないと、佐藤くんは助けてくれないの?」
「さぁーな。生憎、今の俺は自分のことで精一杯なんだよ」

 と、遠い目をしつつ、星が消えた夜空を見上げながら。

「あれ……? UFOじゃないか?」

 猿芝居をしてみると、簡単に白川結奈は騙された。
 どこどこと言いながら、頭上を見ている。
 あれだよ、あれと適当な指示をしつつも、俺は彼女との距離を取り、急いで鍵を取り出して、そのままマンション内へと逃げ込んだ。

「はぁー……た、助かった。アイツ、怖すぎる……」

 食事中に聞いた話だが、白川は一流企業に勤めている。
 俺が逆立ちしても、絶対に入ることはできない所だ。
 そんな企業で働いてる女が、ちっぽけな三流企業に勤める俺に優しくするなど、怪しすぎると思うのは当然じゃないか。

 さっきの食事代もクレカでまとめて払ってくれたし、妙に人懐っこいてか、俺に対して馴れ馴れしいし。兎に角、気を緩めたら俺の人生は崩壊する。

 このまま家にまで連れ込んでみろ。借金の肩代わり。危険な白粉の運搬バイト。どんな要求をされるか。考えただけで恐ろしい。

「何はともあれ……これでアイツとはもうお別れだ……な……?」

 ウィーンとオートロックが開いた。
 入って来たのは、勿論俺が一番来て欲しくない女。
 ヒールのカツカツ音を鳴らし、駆け足で俺の隣まで来た。

「もうー先に行かないでよー。置いてかないで!」
「ど、どうして……お、お前、開けられたんだ?」

 焦る俺に対し、白川結奈は口元を僅かに上げながら。

「だって、私。このマンションの住民だもん」

 言う通り、彼女の手元には鍵が握られている。
 このマンションに住む人だけが持てるものだ。

「それよりもUFOはどこに居るのー? ほら、一緒に探そう」

 俺の腕を引っ張って彼女は外に行こうと試みるが、俺は動かなかった。

「居るわけねぇーだろ。そんなもん。嘘だよ、嘘」
「し、信じてたのに……う、嘘だったの」

 酷い落ち込みようだ。どれだけ信頼されてるんだか。

「普通に考えて分かるだろ? UFOなんてありえないってさ。小学生でも分かるぞ。それなのにお前はどれだけ信じやすいんだか」
「だって、だって佐藤くんが言ったんだもん」 

 上目遣いでさ、それも少しだけ涙を流しそうな瞳で見てくるな。
 俺が悪いことをしたみたいじゃないか。てか、嘘を吐いた俺が悪いってのは事実かもしれないが。

「悪かったな。騙すような真似をして」

 一つだけ分かったことがある。悪い奴じゃなさそうってこと。
 恩売りがましい奴ってのは事実だが、俺みたいな人間の言葉さえ、素直に信じてくれるのだ。

「職業柄、人間の嫌な部分を見て来たからさ」

 同級生に再会する度に、危ない匂いがプンプンする話を持ちかけられることも多かったし。警戒の目で見ていたのだ。

 彼女は俺に心を開いていたのに。俺は彼女に心を開いてなかった。
 でも、少しだけなら彼女のことを信じても良いかもな。
 だってさ、UFOが居るという話を、馬鹿正直に聞いてくれるんだぜ。

「もう絶対に嘘は吐かないでね。絶対だよ、寂しい気持ちになるから」
「約束はできない。だが、善処はするよ」

 そう返答すると、白川結奈は飛びっきりの笑顔を見せた。
 その笑みが眩しかったので、思わず俺は踵を返し、エレベーターに乗った。また置いていかれると思ったのか、彼女も早足で乗ってきた。

「でも……私も一つだけ嘘を吐いてるし、お互い様かな?」
「ん? 何か言った?」
「いや何も」