白川結奈は俺の青春だ。高校時代の俺は彼女に夢中だった。
 高1、高2までは一緒のクラス。何度か隣同士になったこともある。

 読書大好きでクラスに馴染めない俺に対しても、いつもニコニコ笑顔で接してくれていた。女の子とまともに喋ったこともない俺の胸は心臓バクバクだったが、白川結奈は俺の気など知らずに顔を近づけてきたっけ。

 本当、冴えない男に無自覚美少女は近寄って来ないで欲しい。コイツ本気で俺のこと好きなんじゃねとか思って、告白し、挙げ句の果てには振られる結末になっちまうから。ソースは俺。

「目的は何だ。マルチか宗教かそれとも絵画か?」

 古本屋で初恋相手に再会。その後一緒に食事を取ることになった。
 近場のファーストフードで済むと思いきや、まさかのフレンチレストラン。会計が心配だが、「どこでもいい」と言ってしまった手前、なけなしの貯金を使うしかあるまい。

 明日からはもやし生活確定だ。

 店内はお洒落なクラシック曲が流れ、社会人感満載な男女がワイン片手に語らっている。

「食べないの? 折角、頼んだのに」

 ナイフとフォークを手にバクバクと白川は食べている。芸術性に富んでいるらしいが、俺としてはしっかりと肉や魚の上にタレをかけて欲しいと思っちまう。

「ここで食べたらもう逃げられないんだろ?」
「何か、私怖がられてる?」
「屈強なサングラス男共が現れ、俺は地下労働行きだろ?」
「あっはは。そんなことないよ。私は美人局じゃないし」
「ならも、目的は何だ。もしかして、狙いは俺の臓器か!」

 学生時代の同級生から連絡がある際は、大体胡散臭い話ばかり。
 最初に俺の話を真摯に頷きながら聞き入れてから、「人生辛いよな」「もう生きることとか面倒だよな」などと言う全人類の半分以上が抱えてそうな悩みごとを呟き、奴等は面白可笑しい儲け話をするのだ。

『とっても寝つきが良くなる布団があるんだけど買わない? もうね、あたしも使ってるんだけど、本当に最高なのー。嫌なことが何でも吹き飛んじゃう』
『この水、実は火星のなんだ。宇宙の力を感じるだろ。コスモパワーで嫌なことでも何でも忘れられるぜ』

「あのさー意地張ってないで食べなよ。ずっとお腹鳴ってるし」

 恥ずかしいことに、腹の虫はどこまでも素直だ。
 美味そうな香りが漂ってきて我慢できるはずがない。

「ほら、食べるっ!」

 白川結奈がフォークを向ける。そこにはパセリが刺さっていた。

「私が食べさせてあげるから、ほら口を開けなさい!」
「食べさせるって俺は子供か!」
「ほら、社会人は沢山食べて力を蓄えておかないと!」
「パセリ食いたくないだけなんじゃ?」

 図星だったのか、白川の表情が若干引きつった。

「好き嫌い言ったらダメ。パセリも食べないと!」
「ちょ……お、お前……無理矢理俺の口にパセリを入れるな!」

 一度食ってしまうと、余計に腹が減った。ていうか、口の中がパセリ味というのは嫌だ。もう覚悟を決めるしかないな。これが罠だと確信しつつ、俺は次から次へと運ばれてくるフルコースを平らげるのであった。

「流石は男の子だねー。凄い食べっぷりー」
「昨日の朝から何も食ってねぇーからな」
「……き、昨日の朝? ちょっとそれ……どういうこと?」
「節約だ。二日に一回なら食費を抑えられるだろ?」
「ちょっと詳しく教えてくれる? 佐藤くんの生活を」

 白川の目的が何かは知らん。だが、金目当てなら、さぞかし俺が金を持ってないことが分かるはずだ。これでもう、俺と白川の関係は終わると思っていたのに。

「許しません」
「えっ……?」
「その生活を私は許しません。絶対に」
「はい……?」
「私が居る限り、佐藤くんには幸せな生活を送ってもらいます」