美羽の最期は突然訪れた。
高2の始業式の日、俺は美羽に告白した。17年間秘めてきたこの想いを伝えようと思ったのだ。
少なからず美羽には好かれている自信があったから、断られるとは夢にも思っていなかった。
しかし美羽はしっかりと俺の目を見てNOといった。美羽は昔から重度の人見知りで、他人の前で笑顔を見せることはもちろん、目を合わせることもほとんどしない。
そんな美羽がしっかりと目を見て言ってきたのだから本心に違いないだろうとわかるのに時間はかからなかった。
俺は嫌われていたのだろうか。こころの奥底では嫌いだと思いながらしつこい俺と今まで一緒にいたのだろうか。
だとしたら申し訳なさすぎる。そう思って断った理由を聞くと、答えは俺の考えていたものとは大幅に違うものだった。
自分の気持ちが分からない。分からないから美羽は俺の告白を断ったのだ。
ということは美羽は俺のことをウザがっていなかったということだ。ならば、俺にもチャンスがあるのではないか。
今のところ美羽に他の男の影はない。ならば時間をかけて美羽を落とそうと思っていた。
そのためには今までと態度を変えずに、接し続けることから始めようと思った。
毎朝、迎えに行く習慣通り、7時きっかりに美羽の家のチャイムを押す。そして嬉しそうに出てきた美羽と一緒に学校までの道のりを歩いた。
歩く途中であの滅多に笑顔を見せない美羽が笑ってありがとうと言ったのには驚いた。顔立ちが整っている美羽が笑うと破壊力は抜群だし、好きな人の笑顔は脈を速くする最高のスパイスだ。
しかし、幸せな時間には終わりがつきもの。
帰り道、部活が早く終わったため、また一日の初めにレアな美羽の笑顔を見れたこともあり、上機嫌で歩いていた俺の前で誰かが倒れそうになっていた。近づいて行ってよく見ると美羽が、俺の愛しの美羽が今まさに地面に倒れこもうとしていたのだ。
美羽が地面に頭を打たないように、必死に走り手を伸ばした。あの時タイムを計っていたら間違いなく自己ベストだと思う。それくらい必死に走ったのだ。
間一髪で受け止めた美羽の顔は蒼白だった。頭で考えるよりも先に救急車を呼び、病室で目覚めるのを待った。
あの時間は悪夢を見ているようで早く目覚めて欲しい、考えられるのはそれだけだった。
この時点で気づくべきだったんだ。美羽が俺の告白を断った本当の理由に。
倒れた翌日、何事もなかったかのように元気な顔をして戻ってきた美羽を見て告白をしたことも、断られたことも、遠い彼方のことになっていたからそこまで頭が回らなかった。
倒れてからの美羽はまるで別人だった。手当たり次第、みんなに感謝し、笑顔も増えた。
人の人格が変わる時、何かしらきっかけがあるはずだ。しかも大きなきっかけが。
ここまで大きな人格変化を遂げた美羽にも絶対にきっかけがあるはずなのに、馬鹿な俺は気付くことができなかったんだ。
美羽が俺にとっては嬉しい人格の変化を遂げてから数週間後、美羽はこの世を去った。
享年17
ご両親から聞いたところ、美羽が亡くなったのはすい臓がんだと宣告されてからちょうど一か月たった日だそうだ。
余命は3か月だといわれていたのに何で、と美羽のご両親は泣き崩れていた。
なぜ最期まで俺にすい臓がんだったということを黙っていたのだろう。美羽に対して激しい怒りを覚えるとともに、病名まで分からなかったとしても、美羽の体に何かが起こっているということに気付くには十分過ぎるくらいの証拠がそろっていたにも関わらず、気付くことができなかった自分に心底失望した。
すい臓がんだということを知った時、美羽はどんな気持ちだったのだろう。どれだけ辛かっただろう。
美羽に寄り添って、励ましてあげたかった。
今までの自分の行動を悔いながら美羽の葬儀を終えた。
美羽の葬儀を終えてから一週間後、俺はどういうことか美羽の主治医に呼び出されていた。
約束通りの時間に病院へ行き、主治医と会うと、一通の白い封筒を渡された。
ばっちりとノリで封をされているそれを渡し、家に帰ってから開けるようにと言い残して主治医は帰って行った。
その間約三分。
どんだけ短い面会なんだよ、と少しイラつきながら家に帰り白い封筒の封を切った。
中にはもう一つ、桜色の封筒が入っていた。そして表には
『輝生へ』
と美羽の字で書かれていた。俺は訳が分からず中身を取り出した。何枚もの便箋がおられて入っていた。
その便箋を開くと、桜をモチーフにしたデザインの紙いっぱいに文字が書いてあった。
「美羽の字だ......!」
たまらずに、むさぼるように手紙を読んだ。
『輝生へ
この手紙を読んでいるということは恐らく、私はもう旅立った後でしょう。
輝生、まず初めに謝らせて。私がすい臓がんだということを黙っていて本当にごめんなさい。悪かったと思ってるし、何度でも謝る。(実際に謝れないのが心残りです...。)本当に、本当にごめん。輝生が天国にやってきたら(何年先になるかわからないけれど)私のこと、殴っていいからね。
それからもう一つ、私は輝生に謝らなくちゃいけないことがあるよね。
告白を断ったこと、そして輝生に嘘をついたこと。
私は17年間ずっと輝生のことが好きでした。告白されたとき、私は自分の余命が残り三か月だということを知った直後だったの。大好きな輝生から告白されて、想像できないくらい嬉しかったから思わず受けてしまいそうになった。
今となっては輝生の告白を受けるべきだったのか、断ってよかったのかわからないけど、告白された時は、焦っていらぬことまでいろいろ考えちゃったんだよね。
輝生、面と向かって気持ちに応えてあげられなくてごめんね。
大好きだよ。
一つ気になってることがあるんだけどさ、輝生は私のどこが好きなの?
私は輝生の全てが大好きだけど、強いて選ぶならば輝生の笑顔かな。
私はあんまり笑わなかったでしょ。自覚してたんだよ(笑)
自分にないものを欲しがるというのは人間の本能だから余計に輝生の笑顔に惹かれたんだろうな。
輝生のそのまっすぐな笑顔が大好き。輝生のその一点の曇りもない笑顔が大好き。
私の大好きなその笑顔を、これからも絶やさないでね。
短い人生だったけど楽しい人生だったな。
私の人生に関わってくれた人全員に感謝したいけど、私に"恋"という感情を教えてくれた輝生には特に心の底から感謝してます。
人の体を地球の大きさに例えると、一つの癌細胞は、どれくらいの大きさか知ってる?
人1人の大きさだって。
でもその1人が人の命を決めるんだよ。
がん細胞にできるんだから、私たちも世界を変えられるってことだね。
この先輝生がどんな夢を描くかわからないけど私はずっと応援してるからね。
輝生、幸せになってね。
私のことは名前を聞いたら覚えてるかも。あの笑わなかった無愛想な女の子ね、くらいは覚えてて欲しいけど、覚えてなくてもいいよ(笑)
私の幸せは輝生にあげる。
輝生が永遠に幸せでありますように。
笑顔を忘れずにね。
美羽』
何度も何度も読み直した。俺に話しかけるように書かれたそれはぐちゃぐちゃだった俺の心の色を桜色に変えてくれた。
桜の花が散るように人の命もいつか散る。美羽が誉めてくれたこの笑顔を絶やさぬように、これからも前向きに生きていこうと思った。
"あたりまえ"なんかない。そして、身近にいる人の大切さ。美羽は多くの大切なことを教えてくれた。
優しく儚い桜のような君に満面の笑みを送ります。
高2の始業式の日、俺は美羽に告白した。17年間秘めてきたこの想いを伝えようと思ったのだ。
少なからず美羽には好かれている自信があったから、断られるとは夢にも思っていなかった。
しかし美羽はしっかりと俺の目を見てNOといった。美羽は昔から重度の人見知りで、他人の前で笑顔を見せることはもちろん、目を合わせることもほとんどしない。
そんな美羽がしっかりと目を見て言ってきたのだから本心に違いないだろうとわかるのに時間はかからなかった。
俺は嫌われていたのだろうか。こころの奥底では嫌いだと思いながらしつこい俺と今まで一緒にいたのだろうか。
だとしたら申し訳なさすぎる。そう思って断った理由を聞くと、答えは俺の考えていたものとは大幅に違うものだった。
自分の気持ちが分からない。分からないから美羽は俺の告白を断ったのだ。
ということは美羽は俺のことをウザがっていなかったということだ。ならば、俺にもチャンスがあるのではないか。
今のところ美羽に他の男の影はない。ならば時間をかけて美羽を落とそうと思っていた。
そのためには今までと態度を変えずに、接し続けることから始めようと思った。
毎朝、迎えに行く習慣通り、7時きっかりに美羽の家のチャイムを押す。そして嬉しそうに出てきた美羽と一緒に学校までの道のりを歩いた。
歩く途中であの滅多に笑顔を見せない美羽が笑ってありがとうと言ったのには驚いた。顔立ちが整っている美羽が笑うと破壊力は抜群だし、好きな人の笑顔は脈を速くする最高のスパイスだ。
しかし、幸せな時間には終わりがつきもの。
帰り道、部活が早く終わったため、また一日の初めにレアな美羽の笑顔を見れたこともあり、上機嫌で歩いていた俺の前で誰かが倒れそうになっていた。近づいて行ってよく見ると美羽が、俺の愛しの美羽が今まさに地面に倒れこもうとしていたのだ。
美羽が地面に頭を打たないように、必死に走り手を伸ばした。あの時タイムを計っていたら間違いなく自己ベストだと思う。それくらい必死に走ったのだ。
間一髪で受け止めた美羽の顔は蒼白だった。頭で考えるよりも先に救急車を呼び、病室で目覚めるのを待った。
あの時間は悪夢を見ているようで早く目覚めて欲しい、考えられるのはそれだけだった。
この時点で気づくべきだったんだ。美羽が俺の告白を断った本当の理由に。
倒れた翌日、何事もなかったかのように元気な顔をして戻ってきた美羽を見て告白をしたことも、断られたことも、遠い彼方のことになっていたからそこまで頭が回らなかった。
倒れてからの美羽はまるで別人だった。手当たり次第、みんなに感謝し、笑顔も増えた。
人の人格が変わる時、何かしらきっかけがあるはずだ。しかも大きなきっかけが。
ここまで大きな人格変化を遂げた美羽にも絶対にきっかけがあるはずなのに、馬鹿な俺は気付くことができなかったんだ。
美羽が俺にとっては嬉しい人格の変化を遂げてから数週間後、美羽はこの世を去った。
享年17
ご両親から聞いたところ、美羽が亡くなったのはすい臓がんだと宣告されてからちょうど一か月たった日だそうだ。
余命は3か月だといわれていたのに何で、と美羽のご両親は泣き崩れていた。
なぜ最期まで俺にすい臓がんだったということを黙っていたのだろう。美羽に対して激しい怒りを覚えるとともに、病名まで分からなかったとしても、美羽の体に何かが起こっているということに気付くには十分過ぎるくらいの証拠がそろっていたにも関わらず、気付くことができなかった自分に心底失望した。
すい臓がんだということを知った時、美羽はどんな気持ちだったのだろう。どれだけ辛かっただろう。
美羽に寄り添って、励ましてあげたかった。
今までの自分の行動を悔いながら美羽の葬儀を終えた。
美羽の葬儀を終えてから一週間後、俺はどういうことか美羽の主治医に呼び出されていた。
約束通りの時間に病院へ行き、主治医と会うと、一通の白い封筒を渡された。
ばっちりとノリで封をされているそれを渡し、家に帰ってから開けるようにと言い残して主治医は帰って行った。
その間約三分。
どんだけ短い面会なんだよ、と少しイラつきながら家に帰り白い封筒の封を切った。
中にはもう一つ、桜色の封筒が入っていた。そして表には
『輝生へ』
と美羽の字で書かれていた。俺は訳が分からず中身を取り出した。何枚もの便箋がおられて入っていた。
その便箋を開くと、桜をモチーフにしたデザインの紙いっぱいに文字が書いてあった。
「美羽の字だ......!」
たまらずに、むさぼるように手紙を読んだ。
『輝生へ
この手紙を読んでいるということは恐らく、私はもう旅立った後でしょう。
輝生、まず初めに謝らせて。私がすい臓がんだということを黙っていて本当にごめんなさい。悪かったと思ってるし、何度でも謝る。(実際に謝れないのが心残りです...。)本当に、本当にごめん。輝生が天国にやってきたら(何年先になるかわからないけれど)私のこと、殴っていいからね。
それからもう一つ、私は輝生に謝らなくちゃいけないことがあるよね。
告白を断ったこと、そして輝生に嘘をついたこと。
私は17年間ずっと輝生のことが好きでした。告白されたとき、私は自分の余命が残り三か月だということを知った直後だったの。大好きな輝生から告白されて、想像できないくらい嬉しかったから思わず受けてしまいそうになった。
今となっては輝生の告白を受けるべきだったのか、断ってよかったのかわからないけど、告白された時は、焦っていらぬことまでいろいろ考えちゃったんだよね。
輝生、面と向かって気持ちに応えてあげられなくてごめんね。
大好きだよ。
一つ気になってることがあるんだけどさ、輝生は私のどこが好きなの?
私は輝生の全てが大好きだけど、強いて選ぶならば輝生の笑顔かな。
私はあんまり笑わなかったでしょ。自覚してたんだよ(笑)
自分にないものを欲しがるというのは人間の本能だから余計に輝生の笑顔に惹かれたんだろうな。
輝生のそのまっすぐな笑顔が大好き。輝生のその一点の曇りもない笑顔が大好き。
私の大好きなその笑顔を、これからも絶やさないでね。
短い人生だったけど楽しい人生だったな。
私の人生に関わってくれた人全員に感謝したいけど、私に"恋"という感情を教えてくれた輝生には特に心の底から感謝してます。
人の体を地球の大きさに例えると、一つの癌細胞は、どれくらいの大きさか知ってる?
人1人の大きさだって。
でもその1人が人の命を決めるんだよ。
がん細胞にできるんだから、私たちも世界を変えられるってことだね。
この先輝生がどんな夢を描くかわからないけど私はずっと応援してるからね。
輝生、幸せになってね。
私のことは名前を聞いたら覚えてるかも。あの笑わなかった無愛想な女の子ね、くらいは覚えてて欲しいけど、覚えてなくてもいいよ(笑)
私の幸せは輝生にあげる。
輝生が永遠に幸せでありますように。
笑顔を忘れずにね。
美羽』
何度も何度も読み直した。俺に話しかけるように書かれたそれはぐちゃぐちゃだった俺の心の色を桜色に変えてくれた。
桜の花が散るように人の命もいつか散る。美羽が誉めてくれたこの笑顔を絶やさぬように、これからも前向きに生きていこうと思った。
"あたりまえ"なんかない。そして、身近にいる人の大切さ。美羽は多くの大切なことを教えてくれた。
優しく儚い桜のような君に満面の笑みを送ります。