世界が真っ白に染まる未明。カーテンからもれこむ街灯の灯りもなくなった。
 隣で小さな寝息をたてていることを確認して、静かに彼女へ覆い被さる。

『わたしのこと、好き?』
『なに、いきなり』
『いいから答えて』
『それって、恋愛感情で? それとも、友達の延長線?』

 昨夜の声が頭の中を徘徊して、消えてくれない。

『レナはさ、わたしと違って可愛いんだから。そろそろ、ちゃんと恋愛した方がいいよ』

 どうして、あんなことを口にしてしまったのだろう。
 ほんとは、ずっと怖かった。彼女に好きな人が出来て、わたしから離れていくこと。

 するりと伸ばした指先を、目の前の胸元に置いて。そっと撫で上げるようにして、首に手をかける。
 どうせ永遠などないのなら、今、一緒にーー。

 喉のあたりで、くっと力を加えると、キレイな寝顔が少し歪んだ。さらに締め付けようとして、彼女のくったくのない笑顔が脳裏に浮かぶ。
 ハッと緩めた指に、水の玉がぽつりと落ちた。
 わたしは、なにをしているのだろう。たまに自分が恐ろしくなる。

 素足で降りる床は冷んやりとしていて、ベッドとの温度差に体が震えた。
 リビングには、たくさんの私物が置いてある。色違いのマグカップ、箸にひざかけブランケット。くしやヘアワックスもリュックへ詰め込んで、ベランダへ出た。

 ここは三階。地面を見て、落ちたら痛そうだなと思いながら、煙草を吸う。
 この広い空の下にいると、自分はなんてちっぽけな存在のだろうと気付かされる。

 心を取り戻してから、わたしは最高で最悪な贈り物を残そうと決めた。
 彼女の苦手な煙草を加えたあと、ずっと触れたかった愛らしい唇を奪って、消える。
 可愛くて壊してしまいたくて、戻りたくて、心を殺すことになるだろう。
 全ての痕跡が消える部屋で、冷蔵庫の中に残ったままのチョコレート。彼女が食べない苦みの強いビター味。

 きっと、捨てられない。
 わたしの匂いと感触を体に染み込ませたまま、絶望に打ちひしがれる。
 わたしがいなくなってからも、忘れることが出来ないように。彼女を一番愛しているのは、わたしだけだと刻み込んで、他の男と幸せになるがいい。

 さあ、長い夜が明ける。
 ありがとう、さよなら。


         20XX年 12月24日 完結