自分の存在意義を見出せなくて、屋上のフェンスに立とうとしたあの日から、数ヶ月が過ぎた。
 彼女が部署を異動して、仕事とプライベートで同じ時を刻むことが増えた。

 ーーなんとか、生きている。

 暇つぶしにしていた小説。今まで、数千字の短編しか完結出来なかった自分が、初めて長編を執筆したいと思った。

 彼女の隣で寝ていると、たまに不思議な感覚に陥る。
 柔らかな髪を撫でたくなって、くるんと上がった睫毛や、小さくぽてっとした唇に触れてみたくなる。

 女として、わたしは、おかしいのか?
 そんな感情を掻き消してしまうくらい、彼女が愛おしく思えた。


「佐倉サーン。これ、教えて欲しいんですけど。今いいですか?」

 一期下の女子社員が、上目遣いに寄って来た。ゆるっと巻いた髪。少し濃いめの化粧と、完璧に施されたネイル。
 その手が、さりげなくわたしの腕を掴んでいる。

「ああ、ごめん。ちょっと手が離せなくて。他の人に聞いてもらっていい?」
「……はーい。分かりました」

 あきらかに不貞腐れた顔で、しぶしぶ自分の席へ戻っていく。
 悪いとは思ったけど、本当に忙しいのだから仕方ない。パソコンへ目を戻して、ふと思う。
 触られても、特になにも感じなかった。やっぱり、わたしは普通だ。

 言い聞かせながら、斜め前をちらりと見る。彼女だけに抱くこの感情に、名前があるのだとしたら。果たしてそれは、なんと言うのだろうか。