彼女と出会ったのは、ある曇り空の日。わたしが死のうとしていた日だ。

 入社して一年。
 まだ誰もいないオフィスの屋上から、飛び降りるつもりだった。こんな天気で外に出る人などいないだろうし、なにより朝早い。

 なのに、先客がいた。
 背中まである茶髪を揺らしながら、黄昏れている。
 出直そう。引き返そうとしたら、彼女は振り返って言った。

「あっ、邪魔でした? 今、場所あけますから、どうぞ」

 朝焼けでも見に来たと勘違いされたのか、彼女はくったくのない笑みを浮かべて隣へずれた。
 そうじゃないんだけどな。
 なんだか気が逸れてしまって、とりあえず煙草に火をつける。

「煙草吸うんですね。佐倉さん」
「……なんで知ってるの? 名前」
「入社式、私の隣でした。あと、今は隣の部署です」
「……そか。ごめん」
「いえ、私あんましゃべらないし、影薄いんで。気にしないでください」

 ははっと笑った時に、右だけできたえくぼで思い出した。

 霧島レナ。
 同期入社で、可愛いと男性社員の注目を浴びていた子だ。

 咥えていた煙草の火を消して、携帯灰皿に入れる。彼女が、少し煙たそうな表情をしたから。

「もういいんですか?」
「うん。てゆうか、タメ語でいいよ。同期なんだし」
「じゃあ、さくらんって呼んでいい?」
「……それは、ちょっと」
「やっぱダメかぁ」

 この子といると調子が狂った。
 ついさっきまで、命を絶とうとしていたはずの人間が、なにをしているのか。早くその場を去ればいいのに、出来なくて。

「ここね、早朝は誰もいないし、たまにこうやってパワーチャージしてるんだ。あっ、そうだ。はい」

 聞いてもいないことをペラペラと話して、指先ほどの何かを差し出して来た。いらないとはさすがに言えなくて、なんとなく受け取る。
 きらきらしたピンクの包み紙を開くと、ハートのチョコレートが出てきた。
 特に欲してないんだけどな、と思いつつ口へ入れる。甘ったるくて、やっぱり好みじゃない。

「鉄分補給。頭の活性化にいいよ」
「ふーん、そうなのか」

 なぜかは分からない。それがきっかけで、わたしたちはよく話すようになって、いつしか二人でいることが多くなっていた。