早朝、いつものようにスマホのアラームが鳴る。まだベッドに横たわる私の隣からのっそりと起きて、君はベランダへ出た。
 開けられた窓から冷たい風が吹き込んで、あまりの寒さに布団の中で体を縮める。まるで子猫みたいに。

 しばらくして、そろそろ起きようかと思ったとき。閉じたままの視界に影ができた。
 感じたことのない感触が唇へ降ってきて、ざらついた舌が口の中を這うように動く。

 すべてを食べ尽くすような刺激に、ぞくりと快感が込み上げた。

「レナ、好きだよ」

 寝たふりの耳に、囁くほどの声。
 知れた煙草と、ほろ苦いチョコレートの余韻が残ったまま。塞がった瞼は開かない。
 顔を合わせたらなんと答えようか。そればかりが頭を占めて、なかなか起きるタイミングを決められなかった。

 金縛りにあったような体が自由になった頃には、全てが終わったあとで。残っていたのは、昨夜から降り続けていた白い世界に、ぽつぽつと浮かぶ足跡だけ。

 部屋着や下着、歯ブラシやマグカップまでごっそり無くなっていた。荷物はそれほど多くなかったから、私が寝たあとで身の回りの整理をしたらしい。

 ーーレナ、好きだよ。
 もう戻らないつもりなのだと、ここで初めて気付いた。