重傷者も出ていないので監獄長ものんびりと構えているようだ。呪術に血を使うというのはありふれたことだし、実際に血が魔結晶で取引されることもある。きっと魔結晶をケチった呪術師が、力の弱い子どもを狙ったのだろう。僕もそんな風に考えていた。



       ◇



 菜園での作業を終えて、僕は地上に戻ってきた。畑はさらに大きくなり、今日は果樹の種をたくさん蒔いた。ジャカルタさんが魔力を込めてくれたから、きっと発芽してくれるだろう。作業に没頭したせいで辺りは暗くなりかけている。僕は迷宮帰りの人々で混雑する通りを避けて家路についた。

「きゃああああああ!」

 裏路地に女性の叫び声が響き渡った。なにごとだ? 声のする方に走る。見れば子どもが倒れていて数人の人がそれを取り囲んでいた。

「坊や、しっかりして!」

 きっと母親なのだろう。心配そうに子どもを揺すっている。

「動かしちゃダメです。僕に診せてください」

「アンタは?」

 女の人は不審そうに僕の顔を眺めた。

「こいつ銀の鷹だぞ」

 誰かが囁いた。

「銀の鷹? 怪力で治癒魔法が使えるって噂の……」

 厳密にいえば『修理』なんだけど、母親の誤解を解くのも面倒だ。僕は黙って頷いた。

「お願いします、子どもを見てください」

 倒れているのは十歳くらいの男の子だ。青白い顔をして息苦しそうにしている。目鼻の整った綺麗な顔をしていた。

「特に異常はないですね。おそらくここから血を吸われたのでしょう」

 スキャンで子どもを診たけど、毒物や病気の兆候はなく、貧血で倒れただけのようだ。首筋には獣にかまれたような傷口があり、うっすらと血がにじんでいた。これってやっぱり吸血鬼なんじゃないの!? 細菌やウイルスがいないか念入りに調べたけど、やっぱり不審なものは見つからない。

「大丈夫ですよ。血が足りないだけです」

 魔力を送りこんで臓器の働きを活性化させると、少年の顔色は元に戻った。

「もう立てるかな?」

「うん!」

 声にも張りがあるからもう平気だろう。

「どんなやつに襲われたかわかるかい?」

 少年は首を横に振る。

「後ろから抱き着かれたからわからない」

 ということは動物じゃなくて人間に襲われたのかな?

「そうかあ……。でも、何か覚えていないかなあ? 声とか、髪の色とか」