「どうもしにゃい」

 顔はいつも通りにしているけど噛んでいる……。

「にゃいって……」

「ね、猫のまねだ……」

 かなり苦しいぞ。

「僕が寝ている間に何かあった?」

「セラ、両親の名前を憶えているか?」

 この場合、タカオとフジコは関係ないよな。

「うん、母はイシュメラ、父はセドリオだよ」

 どういうわけか、そばにいたタナトスさんが大きく頷いている。

「あ、僕の両親を知っているのですか?」

「グランベルの王宮で何度も君のご両親に会ったことがある。私は元々グランベル王国の近衛騎士団長だったのだ」

「ええっ!? そうなのですか」

「うむ、君はお母上によく似ているな。イシュメラ殿はグランベルの真珠と讃えられるほどの美貌の持ち主だったのだよ」

 厳しい顔つきのタナトスさんがふっと昔を懐かしむ表情をした。

「じゃあ、父さんと母さんが王国の貴族だったって本当なんですね。詳しいことは聞いていないから、半分嘘だと思っていました」

「嘘だなんてとんでもない。ノキア家は王国の重鎮、四大伯爵家の一つなのだ。ご両親はどうして君に事実を教えなかったのか……」

「たぶん僕が過去に囚われないようにしていたのかもしれません。過去の栄華にすがることなく、このエルドラハで力強く生きてほしいと願っていたのだと思っています」

 両親の言葉の端々にそんな感情が隠れていた気がする。

「そうか……。豪胆なセドリオ殿らしい考え方だ」

「ところで、どうして突然僕の両親の名前を訊くのですか?」

「君が本当にノキア家の跡取りかを確かめたかったのだ。もしそうなら君は姫様の、っ!」

 いきなりメリッサが抜いた曲刀が閃き、タナトスさんの言葉を遮った。幅広の刀身がタナトスさんの顔面に突き出されている。

「余計なことは言わなくていい」

「……承知しました」

「僕がノキアの跡取りならメリッサのなんだというの?」

「それは……ナイショ……」

 内緒って……。でもメリッサが本当に困っているみたいだからそれ以上の追及はやめておいた。



       ◇



 夜空の下を元気に駆けていくセラをメリッサは見送っていた。すぐ後ろにはタナトスが控えている。

「よろしかったのですか? 事実は早めに告げておいた方がよかったと思うのですが」