「さあ、次の肉が焼けたよ。お腹いっぱい食べて」

 嫌なことは忘れて今は思う存分食べるとしよう。いつか、あの砂丘を越えていける日に備えて。



   ◇



 タナトスはメリッサとセラの様子をじっとうかがっていた。厳しい目つきではあるが敵意などはない。むしろ少年と少女が肉を食べる様子を暖かく見守っているようだ。

「あのような姫様は始めて見ました。ずいぶんとくつろいでいらっしゃるようですな」

 タナトスの横にいた黒い刃のメンバーが話しかける。

「うむ。あの少年に心を許しているようだ」

「よい少年じゃないですか。名前は何といいましたっけ?」

「セラ・ノキアだそうだ……」

「ノキア? 我らと同族でしょうか?」

 ノキアは旧グランベル王国にある家名だ。

「わからん。ただ、ノキア伯爵夫妻がこの地に流刑になったという噂は訊いた」

「四大伯爵家の!? それではあの少年は――」

 タナトスは若い男を軽く戒める。

「確かなことは何もわからんよ。姫様は楽しんでいらっしゃるのだから、今はそっとしておけばいい」

「しかし、もしあの少年がノキア家の跡取りというのなら――」

 言葉を遮るように、男の前に大きな骨付き肉が差し出された。

「お前も肉を食え」

 タナトスはそう言って、自分も大きなモモ肉にかぶりつく。

「今を楽しんでおけ。人生なんてなるようにしかならないのだからな」

 亡国の元近衛騎士団長の言葉は軽薄なようでいて重みがあった。



       ◇



 次の朝はすっきりと目が覚めた。以前のように体が重くてベッドから起き上がるのにも一苦労、なんてことはもうない。僕は元気よくはね起きて、思いっきり体を伸ばした。

 昨夜は山ほどレッドボアの肉を食べたというのに、もうお腹が減っている。きっと体力や魔力をいっぱい消費したせいだろう。よく寝たからどちらもすっかり元通りになっている。今日も元気に過ごせそうだ。

 シドを朝ご飯に誘おうと思って外に出ると、うちの前に人が五人も並んでいた。どの人も貧しい身なりをして、どことなりにケガをしているようだ。汚れた包帯が痛々しく見える。

「おはようございます。何かご用ですか?」

 僕があいさつすると、その中の一人がおずおずと訊いてきた。

「魔導錬成師のセラさんというのはあなたですか?」

「そうですけど」