誰かが僕の体を揺すっている。母さんが起こしに来たのかな? もう登校の時間なのかもしれない。顔を洗って、ご飯を食べて、バスに遅れないように――。

「セラ、しっかりしろ!」

 聞こえてきたのは母さんの声じゃなくて、野太い男の声だ。セラ? 誰だろうそれは。僕の名前は…………なんだっけ? あ、結城隼人だ。なぜか自分の名前を忘れかけていた。

「セラ、目を開けろ。死ぬんじゃない!」

 うるさいなあ……。今起きるってば、シド。

 シド? 誰だ、それは。あれ? 僕は隼人じゃなくてセラでいいのか? なんだか二つの人格が入り混じって、記憶まで混濁してきたぞ。頭がズキズキうずくけどそのせいかな? それにしてもここはやけに暑い。

 僕はゆっくりと目を開いた。途端に白い光が網膜を焼き付ける。なんてまぶしい太陽なんだ。

「おお、気が付いたかセラ。思いっきり頭を打っていたから心配したぞ。起き上がれるか?」

 白髪をオールバックにした初老の男が心配そうに僕を覗き込んでいる。これがシドだ。僕、セラ・ノキアの友だちで、隣の部屋に住んでいる。親の無い僕にいろいろと良くしてくれる親切な人である。

「うん……ちょっとぼんやりする」

 シドに手伝ってもらって僕はゆっくりと体を起こした。

 視線の先では焼けた砂が地平線の先まで果てしなく続いていた。どこまでも続く砂の山と砂の谷。結城隼人にとっては珍しいけれど、セラ・ノキアにとってはうんざりするほど見慣れた景色だった。ここが砂漠の収容所エルドラハか……。緑なんてどこにもない不毛の地である。

 だんだん頭がはっきりとしてきたぞ。そうだ、このエルドラハが僕のホームタウンだ。たしか僕は迷宮から採取した魔結晶を運んでいて転んだんだ。それで頭を強く打って……。

「体の具合はどうだ? 重力の呪いがまたひどくなったみたいだな」

 言われてみれば、ずっとプールに浸かっていたかのように体が重い。立ち上がるだけでも一苦労だけど、僕はなんとか起き上がって荷物を担いだ。時間内にこれを倉庫へ納めなければ食事にありつけなくなってしまうのだ。

「これくらい平気だよ。若いからねっ!」