外に出ると、太陽はほとんど沈みかけていた。辺りは薄暗くなりつつあり、東の空には星々が瞬いている。残光に照らし出された甲板には無数の死体が転がり、その間にデザートホークスの仲間たちが気怠そうに座っていた。
「みんなボロボロだね」
メリッサが微かに頷く。
「そっちも終わったの?」
「ああ、オーケンは死んだよ。この船ももうすぐ落ちる」
「それじゃあ、さっさと脱出しようぜ」
元気よく立ち上がったララベルを連れてシルバーホーク0式の残骸へ近寄った。そして残骸の中からパラシュートを取り出す。
「はい、これをつけて。そうそう、バックパックみたいに背負うんだ」
「これでどうなるんだ?」
「これをつけて落ちれば自動で落下傘が開くんだ。僕特製のパラシュートだから、この高度から落ちても平気だよ」
「なるほど」
「それじゃあいくよ」
「いくって?」
「こうするの!」
僕は腕に力を込めてララベルを船外に放り投げた。
「うぎゃあああああああ!」
これでよし。
「次はエリシモさんのばんね」
「わ、私もあれを?」
「もちろん。着けないと死んじゃいますからね」
大急ぎでエリシモさんにもパラシュートを取り付けて、やっぱり船外に放り投げた。
「きゃああああああああ!」
うん、無事にパラシュートは開いているな。ララベルもエリシモさんもゆっくりと落下しているのが見える。
「さてと、次はリタとメリッサのばんだよ」
僕は損傷しているシルバーホーク0式の機体を甲板の端っこまで引っ張っていった。
「コックピットのシートに緊急脱出装置がついているから、それに座るんだ。まずはリタ」
「うん……」
リタは操縦席に座ってシートベルトを締めた。
「横に赤い取っ手のついたレバーがあるだろう? それを思いっきり引っ張るんだ」
「これかな……? うわあああああああああっ!」
シートが斜め上に射出されて、リタは飛んで行ってしまった。パラシュートも無事に開いている。
「お次はメリッサだよ」
「うん……」
メリッサは不安そうな顔で僕に尋ねてきた。
「セラは大丈夫なの?」
「もちろんさ、僕とシドもすぐに脱出するよ」
僕は笑顔で頷く。そしてメリッサも同じように飛んでいった。今や辺りは真っ暗だ。今日は新月だから星が降るように輝いている。
「さてと、次は僕らのばんなんだけどさ……」
言いよどむ僕の耳にシドの笑い声が聞こえてきた。
「わかっているさ。もう脱出方法はないんだろう?」
「ごめん……」
四人を逃がすのが精いっぱいだったのだ。シルバーホーク0式を「修理」している時間も、素材を見つけてパラシュートを「作製」する時間も残されていない。
「まあ、そんなしけた顔をすんなよ。俺は斥候だから夜目が利くんだぜ。セラのそんな顔は見たくない」
シドはポケットからゴソゴソと何かを取り出した。僕がプレゼントしたスキットルである。
「ふぅ、このブランデーはやっぱりうめえや。ほれ、たまにはセラも飲んでみろ」
シドがスキットルを投げて寄こした。お酒なんてほとんど飲んだことはなかったけど、これで最後か。僕も蓋をひねって琥珀色の液体を口に含んだ。
「どうだ?」
「口と喉を火傷をしたみたい。あ、でも、けっこう美味しいかも」
「へっへっ、そうかい。お前もいける口になるかもな。うん……なんだか、夢がかなっちまったぜ」
「夢?」
「ああ、セラが大人になったら、こうして酒を酌み交わしたいとずっと思っていた」
「シド……」
小さいころからずっと僕の親代わりだったシド。本当は助けてあげたいけど、もう僕にはどうしようもない。
「ごめんね、シド」
「もう謝るなよ。それよりもう一口酒をくれ」
こんな状況になってもシドは僕を恨まないんだね。ありがとう……。スキットルを手渡そうと立ち上がったとき、夜のしじまをぬって、声が響いた。
「闇の女王に平伏せよ!」
あの声は。
「ミレア!」
「オーホッホッホ、お・ま・た・せ♡」
沈みゆく船の甲板に赤い目のヴァンパイが降り立った。どうやらここまで飛んできてくれたようだ。
「いい夜ね。力が漲っているわ。お姉さん、今ならセラを抱きしめて月夜の遊覧飛行が楽しめそうよ」
「おい、俺を忘れるなよ」
「ミレア、シドも連れて行ってね」
「しょうがないなぁ。セラの頼みなら断れないわ」
ミレアは僕を抱きかかえた。女の人に抱っこされるだなんて恥ずかしいけど、四の五の言っている暇はない。もう間もなくアヴァロンは墜落してしまうのだ。宙に浮いたミレアがシドに呼びかける。
「今夜は特別よ。シドもいらっしゃい」
シドも駆け寄ってミレアの脚にしがみついた。
「あ、ひげを太腿にこすりつけないで! あんたの女にチクるわよ」
「仕方ねえだろう。こうしなきゃ落ちちまうんだから」
ミレアは黒い翼をはためかせて、アヴァロンから飛び立つ。
「どう、私ってば最高の女でしょう?」
「うん、後でレッドアイをご馳走するよ」
「いいわね。セラの血を気持ち濃いめでお願い」
僕らの背後でものすごい衝突音がした。地上に激突したアヴァロンが砂煙を上げて崩れていく。
「あーらら、落っこちちゃったわねえ」
「たぶん、あれでいいのさ」
東の空に大きな流れ星が一つ。地上に目を遣れば、メリッサたちが僕らに手を振っていた。
発着場では三機の飛空艇が出発のときを待っていた。パミューさんとエリシモさんは本日をもって帝都グローサムへ帰るのだ。
「いろいろと世話になったな……」
アヴァロンを大破させてしまったことでパミューさんの顔は暗かった。
「帰ったら、パミューさんが皇帝に叱られますかね?」
「ひょっとしたらエルドラハに流刑になるかもしれないな。そのときは私をデザートホークスに入れてくれ」
「ええっ!?」
「はっはっはっ、冗談だよ。皇帝陛下が派遣したカジンダスが裏切ったのだから、私が罪に問われることはないだろう」
それを聞いて安心した。ひょっとしたらまた「一緒に帝都に来い」と言われるかと心配したけど、そんな発言もなかった。今回のことでパミューさんの性格はすこし丸くなった気がする。
だけど、驚いたことに「一緒に来い」を言ったのはエリシモさんだった。
「セラ、私と一緒に帝都にこない?」
それは真っ直ぐな瞳だった。
「どういうことですか?」
「私は貴方が欲しいの。貴方がいればどこの遺跡でも怖くないし、どんな場所でも行けるわ。お願い、ずっと私のそばにいてくれないかしら? 彼女との婚約も破棄して」
パミューさんがあっけに取られて、口をあんぐりと開けている。まさかエリシモさんがこんなことを言いだすとは考えていなかったのだろう。僕も少しだけ驚いた。でも、この人はいざとなると意外と大胆だったりするのだ。
「僕は僕の行きたい場所に行きます。そしてそれは貴方の隣ではありません」
「無理にでも連れて行くといったらどうする?」
「ご存じのはずですよ、それは不可能だって」
砂漠の熱風が僕とエリシモさんの間を吹き抜けていった。
「ええ、知っているわ。それに貴方が私と一緒に来てくれないってことも最初からわかっていた。ただ、何も言わずにさよならをして後悔したくなかっただけよ。ありがとう、セラ。元気で」
風にはためく髪を押さえながらエリシモさんは飛空艇に乗り込んでいく。彼女の指の間に僕がプレゼントした髪留めがきらめいているのが見えた。姿が見えなくなるまで見送ったけど、エリシモさんが振り返ることはなかった。
残されたパミューさんはもごもごと言葉をひねり出した。
「ち、近いうちにアヴァロンの残骸を調べに調査隊が派遣されるだろう。それまではあれに近づかないように……。あー、それから、エルドラハの待遇改善については私に出来得る限り善処してみる。うん……それでは達者でな」
パミューさんも飛空艇に乗り込み、三機は編隊を組んで北の空へ旅立っていった。僕は小さくなる飛空艇を見送りながら仲間たちに声をかけた。
「聞いただろう、近いうちに調査隊だって」
リタがニヤリと笑う。
「だったら急がないとダメね」
ララベルはもう駆け出す直前だ。
「タンクを取ってくるよ。さっそく出かけようぜ!」
シドは肩を竦めた。
「やれやれ、若いのは元気過ぎていけねえや」
日陰で休んでいたレミアはあくびをかみ殺した。
「私は寝ているからアヴァロンのことは任せるわ♡」
僕は傍らのメリッサに尋ねる。
「メリッサも一緒に行くだろう?」
「うん、セラと一緒に行く」
再び強い風が吹いて砂塵を巻き上げる。僕らは背中にその風を受けながら一斉に動き出した。