こんな状況になってもシドは僕を恨まないんだね。ありがとう……。スキットルを手渡そうと立ち上がったとき、夜のしじまをぬって、声が響いた。

「闇の女王に平伏せよ!」

 あの声は。

「ミレア!」

「オーホッホッホ、お・ま・た・せ♡」

 沈みゆく船の甲板に赤い目のヴァンパイが降り立った。どうやらここまで飛んできてくれたようだ。

「いい夜ね。力が漲っているわ。お姉さん、今ならセラを抱きしめて月夜の遊覧飛行が楽しめそうよ」

「おい、俺を忘れるなよ」

「ミレア、シドも連れて行ってね」

「しょうがないなぁ。セラの頼みなら断れないわ」

 ミレアは僕を抱きかかえた。女の人に抱っこされるだなんて恥ずかしいけど、四の五の言っている暇はない。もう間もなくアヴァロンは墜落してしまうのだ。宙に浮いたミレアがシドに呼びかける。

「今夜は特別よ。シドもいらっしゃい」

 シドも駆け寄ってミレアの脚にしがみついた。

「あ、ひげを太腿にこすりつけないで! あんたの女にチクるわよ」

「仕方ねえだろう。こうしなきゃ落ちちまうんだから」

 ミレアは黒い翼をはためかせて、アヴァロンから飛び立つ。

「どう、私ってば最高の女でしょう?」

「うん、後でレッドアイをご馳走するよ」

「いいわね。セラの血を気持ち濃いめでお願い」

 僕らの背後でものすごい衝突音がした。地上に激突したアヴァロンが砂煙を上げて崩れていく。

「あーらら、落っこちちゃったわねえ」

「たぶん、あれでいいのさ」

 東の空に大きな流れ星が一つ。地上に目を遣れば、メリッサたちが僕らに手を振っていた。