「おっと、それ以上近づくんじゃない。近づけばパミュー殿下の命はないぞ」

 奴の目は本気だった。もともと人殺しを厭うような性格じゃない。

「俺がこの女を殺さないと思ったら大間違いだぜ。古代語を読める人間は他にもいる。そいつらをさらってくりゃあいいだけのことだ」

 おそらく、オーケンは本気でそう考えているんだろう。

「何が望みだ?」

「武器を捨てて大人しく投降しろ。そうすれば命だけは助けてやる。エリシモ殿下のためにな」

「そんな要求はのめない」

 断ると、オーケンはわざとらしい溜息をついた。

「おいおい、そりゃあないんじゃないか? エリシモ殿下が死んじまうぜ。このお姫様はよ、愛しいセラちゃんのために国を売ったんだぜ。なんでも言うことを聞くからセラを殺さないで、ってな!」

「やめてっ!」

 エリシモさんが絶叫しながら僕に古文書を投げて寄こした。オーケンも完全に油断していたらしく、古文書が僕の手に渡ること許してしまう。

「それにはアヴァロンの運用方法が書かれているわ。セラ、それを持って逃げて!」

「このアマめ……」

 オーケンの左手がエリシモさんの首にかかり、指がめり込んでいく。

「うぐっ……」

 呼吸ができなくなったエリシモさんが小さく呻いた。

「やめろ!」

「やめてほしかったらさっさとそいつを返しやがれ。じきに死ぬぞ」

 酸素不足によるチアノーゼが出ている。エリシモさんの顔が青く変色してきた。僕は慌てて古文書を投げ返す。

「受け取れ!」

 オーケンは用心深く片手で古文書を受け取ると、エリシモさんを掴んでいた手を少し緩めた。

「ゲホッゲホッ!」

 エリシモさんの細い首にくっきりと指の後がついている。オーケンは本気でエリシモさんを締め上げていたのだ。

「これで振出しに戻ったな」

 オーケンはにんまり笑うが、僕も笑顔で応じた。

「そうでもないさ」

「なんだと?」

「大事なページを何枚か消しておいたんだ」