「天井と水面の間には隙間があるので、小舟を使って進みましょう」
「小舟か。いったん地上に戻って資材を運ばなければならないな」
「それには及びませんよ。僕に考えがあります」
僕はメリッサの方へ向き直った。
「メリッサ、お願いがあるんだけど」
「どうするの?」
「氷を作って」
僕が思いついたのは氷のボートだ。得意の氷冷魔法を使ってメリッサに氷塊を作ってもらい、僕が「作製」でボートに加工していくというアイデアだった。
メリッサが氷狼の剣を抜くと張り詰めた寒気とともに精霊狼が現れた。精霊狼は白い息を吐きながらメリッサの周囲を巡り、一つの領域を形成していく。
「銀狼氷結門」
領域の中でキラキラと氷の結晶が舞っている。あれがダイヤモンドダストか。あまりの低気温に空気中の水蒸気が細かい氷の結晶となってきらめいているのだ。結界の中の気温はマイナス50℃に至るらしい。あの中にいれば氷冷魔法の効果は数倍に高まるそうだ。
「セラ、いい?」
メリッサの準備ができたようだ。
「いつでもいいよ」
頷くと、メリッサは両手を広げて胸の前に青く光る魔法陣を作り出した。魔力の波動が周囲にもビリビリと伝わってきて、見守る人々もその迫力に言葉を失っている。
込められた魔力が臨界へ達し、魔法陣の中から直方体の氷が産みだされた。長さは7m、幅1m、奥行きも1mはある。僕は次々と出される氷に触れ「作製」を使ってボートの形にくりぬいていく。こちらはたいした作業じゃない。出来上がったボートは兵士たちが運んで並べていた。
一時間もかからずに氷のボートが百艘もでき上った。これだけあれば調査隊全員を乗せることができる。僕たちは古文書に記されたルートに従い、地下へ降りる階段を目指した。
地下九階では魔物の襲撃がなかったので探索速度はかなり上がった。トラップなどもすべてが押し流されてしまったようで、気にする必要はない。
水が溢れたのでモンスターたちは一つ上の地下八階に逃げたのだろう。たまにモンスターの水死体が浮かんでいることもあったけど、こちらは逃げ遅れて溺れ死んでしまったようだった。
二時間ほどかかって、僕らは階段があるとされる地点までやってきた。当然ながらここも水没している。
「たぶんここで間違いないわ」
エリシモさんが周囲の景色を見ながら確認していた。
「この下にロックを解除するための装置があるはずなんだけど」
「どんな装置ですか?」
「古文書には、このブックカバーをはめ込むと扉が開くとあるわ」
「では、水を何とかしないとダメですね」
僕が潜って扉を開くという手もあるけど、そんなことをしたら地下十階に水が流れ込んでしまう。濁流にのみこまれて誰も助からないだろう。そこで再び僕とメリッサの出番である。
「メリッサ、この区画の水を凍らせてくれないかな?」
「うん、やってみる」
ボートの上に立ったメリッサが魔法をふるい、周囲の水をすべて凍てつかせた。調査隊はずっと氷のボートに座りっぱなしだったし、今や周りが氷で覆われているのでガチガチと歯を鳴らしながら震えている。リタなんてフレイムソードを最弱の設定で起動し、抱きしめて暖を取っているほどだった。
辺り一面が凍ってしまうと「解体」を使って氷を削りだし、堤防を作りながら床を掘り進めた。やがて、扉を開く装置が露出する。
「エリシモさん、装置が出てきましたよ!」
上に向かって呼びかけると、氷の階段をエリシモさんが降りてきた。
「うん、これよ。水に浸かっていたみたいだけど、壊れていないかしら?」
スキャンで確かめたけど問題はなさそうだ。
「平気みたいですよ。危険があるといけないので僕が開けます。エリシモさんは下がっていてください」
「お願いね」
古文書を受け取り、溝になっている部分にはめ込んだ。金属製のブックカバーはきっちりとはまり、周囲の文字盤が光り出す。何やら読み取り作業をしているように見える。そして、僕には判別できない音声が流れ、三重の扉が上と左右に分かれて開いた。ついに地下十階が僕らの目の間に現れたのだ。
階段はエスカレーターで、僕らが近づくと自動的に動き出した。初めて見る動く階段にララベルが興奮している。
「なんだこれ、おもしれーの!」
「足元に気を付けてね。黄色い線の内側に乗るんだよ。エスカレーターの周りでは遊んじゃ駄目だからな」
ここは本当に異世界だろうか? 室内は近未来を描いたSF映画のようである。明るく光る装置がびっしりと置かれ、なにがしかのインフォメーションをあらわす文字盤が各所で輝いていた。
「すごい、すごいわ! すべて古文書に書いてあった通りよ。しかもここまで完璧に保存されている遺跡なんて初めて」
エリシモさんは興奮しながら周囲を駆け巡っている。地下十階にモンスターの気配はないけど、一人で奥へ行くのは危ない。
「待ってエリシモさん!」
追いかけようとしたらオーケンの奴に邪魔された。
「そこをどいてよ。安全確認がまだなんだから」
「必要ない」
オーケンは人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「必要ないってどういうことだよ?」
「この場所は我々の手で調査するのだ。たった今から地下十階への立ち入りを禁ずる。お前たちは地上へ戻れ」
「そんな!」
ここまで来て地上へ戻れだって? 勝手な言い草に驚いてパミューさんを見たけど、彼女もオーケンの言葉を否定しなかった。
「ここまでご苦労だった。今回の調査に協力した者には約束通りの報酬と帝国市民権を与える。後は我々に任せて地上へ戻っていてくれ」
つまり、僕らにこの地下十階を見せたくないってことだな。最初から、ここまで案内させて帰らせる気だったわけだ。僕はダンジョンの奥に何があるか知りたくて協力したっていうのに。
「ふう、これでやっと地上へ帰れるぜ」
「戻ったら晴れて自由の身か。お祝いにたらふく酒を飲みたいな」
「おう、近いうちにエルドラハとはおさらばするんだ。最後の思い出に酒場へ繰り出そうぜ」
他の冒険者たちは雑談を交わしながら続々と上りのエスカレーターへ乗っている。
奥へつながる通路は兵士たちによって封鎖されてしまった。この奥には何があるのだろう? とにかくそれが気になった。
「セラ、頑張っても通してもらうことはできないぜ。俺たちも戻ろう」
シドが僕の腕を引っ張る。僕らは冒険者たちの最後尾でエスカレーターに乗った。手すりに手をついて振り返ると、申し訳なさそうな顔をしたパミューさんと目が合った。この奥には帝国にとってかなり重要なものがあるに違いない……。
「シド、やっぱり僕は行ってくるよ」
「行くって、奥にか?」
「うん、だって何があるのか気になるもん。だから例の物を貸して」
「まったく、お前ってやつは……」
呆れた顔をしながらも、シドは自分がかぶっていたヘルメットを脱いで僕に渡してくれた。これはターンヘルムと言って装備者の姿を見えなくすることができるアイテムだ。ダンジョンの宝箱に入っていた、賢者のプリズムという素材を使って僕が造ったものである。
僕は靴紐を治すふりをして屈み、ターンヘルを起動させた。
「みんなは地上へ戻っていて」
「だめ、帝国が何を企んでいるのかが気になる」
メリッサも戻る気はないようだ。
「セラ、私たちは何かあったときのために階段のところで待機しているわ。みんなもそれでいいわね?」
リタの言葉に一同は頷いた。
「うん、じゃあちょっと探ってくるよ」
下りのエスカレーターに飛び移り、僕は再び地下十階へと戻っていった。
狭い通路を守る兵士たちの頭上を、ターンヘルムで姿を消した状態のまま飛び越えた。音もなく着地できたので僕に気がつく者はいない。奥の方へ行くと兵士たちが食事の準備をしている姿が目についた。近未来的な部屋の中で床に魔導コンロを並べ、鍋をかき混ぜる姿はどこかシュールだった。
そう言えば朝に食事をしただけで、お昼ご飯も食べていない。ずっと氷のボートで移動していたから食事休憩ができなかったのだ。帝国兵たちは腹を満たしてから本格的な調査に乗り出すようだ。さて、パミューさんとエリシモさんはどこへ行ったかな?
様子を窺いながら奥へ行くとカジンダスの連中が守っている部屋があった。オーケンのやつも仁王立ちで警護に当たっている。あいつらが守衛をしているということは、この中にお姫様達がいるのかもしれない。すぐ隣に部屋があるから、こちらに潜り込んでみよう。
僕が入った部屋は何もないところだった。かつては倉庫だったのかもしれない。空っぽの棚だけがそのまま残されている。
薄暗い部屋を横切り、パミューさんたちがいると思しき方面の壁に耳をつけてみる。だが、何の音も聞こえてこない。さすがは古代文明の遺跡である。僕が借りていた安アパートとは大違いだ。
「解体」のスキルを展開して壁の一部に小さなのぞき穴を作ってみる。お、向こうの部屋の会話が聞こえてきたぞ。思った通りパミューさんとエリシモさんはこの部屋の中にいたようだ。
向こうの部屋は煌々と明かりがともり、メインコントロールルームといった風情を漂わせていた。二人は椅子に座って光る石板を覗き込んでいた。エリシモさんが操作するその石板は大型のタブレットのようだ。辞書を片手に解読しながら、指で画面をフリックしている。
画面の操作をしながらエリシモさんが口を開いた。
「冒険者たちは全員地上へ戻したの?」
「ああ、奴らにもう用はない」
「セラも帰してしまったのね……」
エリシモさんの言葉にパミューさんはイライラした態度をとっていた。
「仕方がなかろう。ここから先は帝国の最高機密に関わるのだ。アヴァロンがその古文書の通りのものならば、それは帝国にとって諸刃の剣になりかねない」
またアヴァロンか、いったいどんなものなのだろう?
「わかっているわ。ただ、私は発見に舞い上がってしまって、ちゃんとお礼も言えなかったから……」
「セラには後できちんと報いてやればいい。なんなら私の親衛隊に招き入れ、ゆくゆくは隊長に据えてやってもいいと考えている。セラが隊長になれば皇帝直属のカジンダスを凌ぐ組織になるぞ」」
「はたしてセラがそれを喜ぶかしら……」
エリシモさんは小さなため息をついた。
「あれも大人になればその価値がわかるはずだ。今はまだ遊んでいたい年頃なのだろう。エリシモだってそう思うだろう?」
エリシモさんは何も答えずにパネルの操作をしている。
「よし、これで地下格納庫の全システムが復旧したはずよ」
格納庫? ここはそういう施設なのか。だったらアヴァロンというのは……。
エリシモさんはメモを取りながらパネルをいじり、パミューさんは無言でそれを見守っていた。二人にそれ以上の会話はなく、重苦しい時間が流れていく。だが、五分くらい経つとエイミアさんが部屋の中へ入って来た。
「報告します。封鎖されていた扉の解除が確認されました。いつでも通れます」
二人のお姫様は立ち上がった。
「行きましょう。なんとしてもこの任務は成功させなければならないわ」
「ああ、そのために皇女たる我々が派遣されて来たのだ」
二人はタブレットを持ち上げて部屋を出ると、カジンダスを引き連れてさらに奥へと向かった。いよいよ隠された秘密とご対面のようだ。僕も足音を忍ばせながら、みんなの後をついていった。
長い通路をひたすら東へ進んだ。ただの通路じゃない。大きな駅ではお馴染みの動く歩道が設置されている。水平エスカレーターというのがこれの正式名称らしい。
「床が動くぞ!」
「なんだこれは? ははは、自分の歩行が速くなったみたいだ」
「縮地のスキルを得たみたいだぞ!」
兵士たちは大はしゃぎだ。
通路は真っ直ぐ続いて、2㎞くらいは移動したと思う。ここはもうエルドラハからは少し離れた場所になっているはずだ。やがて一行の前に巨大な扉が現れた。
「着いたわ」
前に進み出たエリシモさんが古文書をかざすと、何重ものロック機構が開く音がして正面の金属扉がスライドした。
扉の向こうはだだっ広い空間だった。使い古された言い方をすれば、東京ドーム六個分くらい。天井までの高さも優に300mはある。そんな空間の中央にとてつもなく大きな物体が鎮座ましましている。壁一面に取り付けられた照明器具の光を浴び、浮かび上がったそれの姿に声を上げそうになってしまった。
だってそこにあったのは巨大な船だったから。いや、船という形容は間違っているかもしれない。そもそも砂漠に船があるのはおかしい。水なんてないんだから。全長は400m以上あるだろう。高ささも50mくらい。巨大ではあるが全体的に平べったい印象のフォルムをしている。
これはまさに前世のSFアニメで観た宇宙戦艦じゃないか! まあ、これが宇宙へ行くことはないと思うけど、空へ浮かび上がることは想像がつく。
「すげえ……、すげえぜこりゃあ! 話には聞いていたが、まさか本当にあったとはな。皇帝陛下が青い顔をするわけだぜ!」
全員が声を失う中でオーケン一人がはしゃいでいた。オーケンが皇帝から受けた特命というのはこの戦艦の調査と確保だったわけだ。
「エリシモ、これは本当に動くのか?」
そう質問するパミューさんは青白い顔をしている。
「ええ、システムはすべて問題なく起動しているわ。魔力が充填され次第出発も可能よ」
「空中浮遊戦艦アヴァロンか……ついに見つけたな」
アヴァロンとはこれのことだったのか。
「魔力の充填はまだ全体の10%ほどだけど、これだけで120時間の運用が可能みたい」
こんなものが帝国の手に渡ったら世界はどうなってしまうのだろう? 戦艦の能力はまだまだ未知数だけど、とんでもないことになってしまう気がする。まずはこれがどういうもので、どの程度の能力を有しているかを見極めるとしよう。
エリシモさんを先頭に皇女の親衛隊とカジンダスが艦の中へと入っていく。一般兵は外で見張りをするようだ。僕は引き続き後をつけることにした。
戦艦の能力は僕の予想をはるかに超えていた。エリシモさんたちはあちこち回りながら中央制御室へ向かっていたけど、その途中には野菜プラントや工業プラント、居住区には葉を茂らせた木のある公園なんてものまで備わっていた。前世ぶりにブランコを見たよ。
「街をそのまま船の中へ持ってきたようだな」
パミューさんの感想は的を射ている。ここでは食糧生産から工業製品まで何でも作ることが可能なのだ。一行は様々な部屋を視察して中央制御室に入った。
制御室は階段状になっていて、正面には巨大なスクリーンがあり、今は格納庫の各所が映し出されている。パミューさんたちは部屋の最上段へ移動して、艦長用の席に着いた。
僕も中に入って話を聞こうと思ったのだが、間の悪いことに、こんなときに限ってターンヘルムの魔力が切れてしまった。幸いこちらを振り返る人は誰もいなかったので間一髪で扉の陰に隠れる。
ターンヘルムは光属性の魔結晶である白晶を消費するのだが、白晶の予備は一粒もない。仕方がないので部屋の外からまたのぞき穴を作って、中の様子を窺った。
古文書を開きながら各部をチェックしているエリシモさんにパミューさんが訊ねている。
「本当に我々だけでこの巨大な戦艦を動かすことができるのか?」
「問題ないわ。私たちは命令を出すだけでいいの」
「それはどういうことだ?」
「この船は言葉を理解して、命令を遂行できるのよ。今は会話を聞かせて、アヴァロンに私たちの言語を覚えさせているところよ。地上の音声も拾っているわ。エルドラハの人々の会話を聞けば、あと10分ほどで学習は完了するはずよ」
細かい制御はAIのようなものがやってくれるということだろう。それにしてもすごい技術だ。さすがにこれをスキャンしようとしても、解析の終了に何年かかるかわからないほどだ。
「船の飛行速度や武装はどうなっておりますかな? 皇帝陛下がもっとも関心を示されているのはその点です」
今度はオーケンが質問している。
「詳細なデータは後で書面にして渡します。ざっと見た感じでは飛空艇など物の数にも入らない恐ろしい船のようだわ。扱いは厳重にしないと……」
「それほどですか?」
「ええ、これを乗っ取られれば帝国が滅びます」
古代文明の戦艦は化け物か、それほどの性能を有しているとは……。
「ふふふ……そうかい……くふふふ……この船の能力はそこまでかい……あーはっはっはっはっはっはっ! ひぃーひっひっひっ!」
突如、オーケンは狂ったように笑い出した。
「どうしたというのだ、オーケン?」
パミューさんは恐怖を感じたのか、一歩後ろに足を引いている。
「いーひっひっひっ、だってよぉ、これ一隻で帝国を滅ぼせるんだろう?」
「それはもののたとえです。街を制圧するには兵士も必要でしょうし、船一隻では……」
「ああ、そういうのは俺の方がわかっているから説明しなくても結構だ。この船で帝国の飛空艇をすべて破壊し、制空権を握っちまえば後はどうにでもなる」
「貴様はなにを……」
いぶかるパミューさんを無視してオーケンはカジンダスの面々に向き直った。
「おいお前ら、世界を手に入れてみないか?」
こいつ、まさか……? 慌てて飛び出そうとしたけど遅かった。オーケンはパミューさんの首筋にナイフを突きつけている。
「俺についてくるってやつはいないか? 世界の半分をくれてやるぜ、お前たちで仲良く分ければいい」
カジンダスの連中は言葉を失ったが、誰もオーケンに逆らう様子をみせない。
「おいおい、今の生活に満足しているやつなんて一人もいないだろうが。こいつの性能は訊いての通りだ。俺についてくれば領主や国王になれるんだぜ。なんでも好き放題だ」
「…………」
「まだ腹が決まらねえか? どんなにうまくやったところで、このまま歳をとっていずれは除隊だ。恩給で安酒を飲みながら昔の武勲を誇る未来しか俺たちにはねえんだぞ。それだって任務で死ななければの話だぜ」
「殿下を放せ!」
斬りかかった騎士を一刀のもとに返り討ちにしたオーケンが話を続ける。
「お前らだってわかっているだろう? 悲惨な兵隊の末路を。脚や腕を失くして物乞いに身を落とした同僚を何人見てきた? 今俺たちの目の前にはチャンスが転がっているんだ。権力と金が欲しくないのか? どうだ?」
カジンダスの一人が素早く剣を抜いた。そして傍ら似た騎士の腹を刺す。
「俺は隊長についていくぜ」
「そうこなくっちゃな。ラウム、お前には国を三つくれてやるぜ!」
こうなると他のカジンダスの反応も早かった。すぐに武器を抜くと近くにいた親衛隊に斬りつけたのだ。こう言っては何だがパミューさんの親衛隊はカジンダスの相手ではなかった。あっという間に切り伏せられ、ことごとく絶命してしまう。
最後まで抵抗していたエイミアさんも腹を剣で突き刺されてその場に倒れた。すぐに飛び出して行きたかったけど、僕はぐっと堪えた。相手がオーケン一人なら勝てると思うが、ここにはカジンダスの腕利きが五十人もいるのだ。さすがに僕一人では荷が重い。万が一僕がここで倒れたらこの事件を外に伝えることもできなくなってしまうのだ。
「貴様、このようなことをしてただで済むと思っているのか!」
怒鳴りつけるパミューさんの頬をオーケンは張り手で殴りつけた。
「ギャーギャーうるせえんだよ! お前なんか単なる人質だぜ、古代言語のわかる第二皇女様と比べたって数段劣る人質だ。身の程を弁えろってんだよ」
「クッ……」
パミューさんは口の端から血を流しながら悔しそうにオーケンを見上げた。
「そうそう、大人しくしていろよ。そうすれば生かしておいてやるからな。誰かパミュー殿下を監禁しておけ」
二人の部下がパミューさんを連行していってしまう。
「それじゃあ、この船のことをじっくりと教えてもらいましょうかね、エリシモ殿下」
オーケンがパミューさんの肩に馴れ馴れしく手をまわした。パミューさんは青い顔をして震えている。
「とりあえず死体を片付けろ。それが済んだらエリシモ先生の特別講義だ!」
オーケンの弾む声が、忌々しく中央制御室に響いた。
慌ただしく人が動き出す。くそっ、このままにはしておけないけど、とりあえず運び出された死体を確認しないと。まだ息のある人がいるかもしれない。
死体は無造作に廊下へ放り出された。カジンダスの奴らが去ると、僕は大慌てで親衛隊員の体を確認していく。この人もダメか。こっちは出血多量によるショック死だ、たぶん即死だな。絶望で頭が痛くなってくる。
「……ぐ…………」
今、人の声が聞こえたような……。どこだ!? どこから聞こえた。もう一度何かサインを出してくれ。
「で……んか……」
か細い声の先に血だらけのエイミアさんが横たわっていた。僕は弾かれたようにエイミアさんの体に取り付き、間髪を入れずに「修理」を施していく。そして耳元でささやいた。
「絶対に大きな声を出さないでください。このまま死んだふりですよ」
「セラ……君……?」
朦朧とした声でエイミアさんが囁きかえしてくる。幻を見ていると勘違いしているようだ。
「そう、僕ですよ。ほら、手を握ってください」
すぐに「修理」が進み、エイミアさんの手に力がこもった。
「セラ君!」
「静かに。隙を見てここを離れましょう。まずはパミューさんを探さないと」
「承知した。助かったよ、セラ君」
エイミアさんの治療が終わると、僕は他の隊員たちの体も確認した。だけど助けられる人は一人もいなかった。
「行きましょう」
「だが、エリシモ殿下はどうする?」
「オーケンたちにとって古代言語が読めるエリシモさんは重要人物です。すぐに命を取られることはないでしょう」
僕らはパミューさんを探すべく動き出した。
パミューさんの行方はすぐに判明した。大きな声で見張りの二人を怒鳴りつけていたからだ。のぞき穴を作って部屋の中の様子を窺うと、ロープで体を拘束されたまま椅子に座らされているパミューさんが見えた。傍らにはカジンダスの二人が見張りをしている。
「お前たち、考え直すのなら今の内だぞ! 今ならお前たち二人の罪は問わん。それどころか、救国の英雄として爵位を授けてやってもいい!」
パミューさんは一生懸命自分を逃がすように説いていたけれど、見張りの心を動かすことはできないでいるようだ。
「男爵ではどうか? なんなら領地と子爵位をくれてやるぞ!」
「黙っていろ。肉を切り裂くぞ」
頬にピタピタとナイフを当てられ、パミューさんは息を飲んだ。ナイフの先端がゆっくりとパミューさんの顔を這っていく。
「少しでも動けば、お前の顔に傷がつく。たとえそうなったところで人質としての価値は変わらんさ。喚きたければ喚け。お前が選んでいいぞ」
「……」