「また僕のことが必用になったら呼んでください。僕はどこからだって駆けつけますよ」

 エリシモさんは小さく首を振る。

「どうせそのうちに政略結婚の道具にされるのよ。そうなったら今のようにわがままは言えなくなってしまうわ」

 自由がないのはエルドラハの囚人だけじゃなく、帝都のお姫様も一緒なのか……。

「セラ、元気で」

 差し出された手を握ろうと、僕は一歩前に出た。その胸にエリシモさんが飛び込んでくる。

「………………」

 キスされた。あ、前世の分も含めても、僕のファーストキスだ……。一秒、二秒、三秒、体は動かずに固まったままだ。頭の中が真っ白で何も考えられない。あれからどれくらいの時間が流れたのだろう。僕の腕を掴んでいたエリシモさんが、ようやく体を離してくれた。

「一生分の勇気を使い果たしてしまったわ」

 照れ隠しのようにエリシモさんは笑いながらそう言った。

「ありがとう、セラ。元気で」

 踵を返して去っていくエリシモさんの背中に、僕はかける言葉が見つからなかった。


 離陸の直前までパミューさんによる臨検があるかと心配したけど、飛空艇は無事に帝都グローサムを飛び立った。夜明け前の出航なので、街の様子は暗闇に包まれていて見ることができない。ただ、宮殿の方だけは煌々と明かりがともっていた。

 あの灯の近くにエリシモさんやパミューさんがいるのだろうか? 逃げ出してきたとはいえ、いくばくかの寂寥感がある。

 僕は窓から離れて、ごろりとベッドに寝そべった。来るときも使った士官用の部屋があてがわれている。エリシモさんが手をまわしてくれたのだろう。眠れそうもないので、書き溜めたノートを開いた。

 そう言えば、僕は小型飛空艇を作る気でいたんだよな。ぱらぱらとノートをめくって自分のアイデアを確かめる。どんな飛空艇にしよう? 武装をつけたガンシップがカッコいいけど、砂漠を渡ることを考えたら軽量化は必須だよね。大砲やら機銃やらは重すぎるのだ。長距離飛行には足かせとなってしまう。

 それよりはスピードや航続飛行距離を優先させるべきか。消費魔力率の向上を考えればジェット機よりはプロペラ機だよなあ。ネオクラシック的なプロペラ飛行機というのも悪くない。

「砂漠を横断できるようになったら、またエリシモさんに会えるかな……」

 独り言をつぶやいてから僕は苦笑する。そう言えば僕は流刑地の囚人だった。勝手にエルドラハを出たら怒られてしまうだろう。もっとも、エリシモさんならその程度のことには目をつぶってくれそうだけどね。僕も気にしない。

 まだどういう乗り物になるかはわからないけど、二つだけ決めたことがある。色は銀色、そして名前はシルバーホークである。これが僕らデザートホークスの翼になるのだ。