何ヶ月かに一回、仁美は《こんなふう》になる。
 何があっても彼女の言うことを受容するのが僕の役目なのだが、もう何十回と見せられているエコー写真に、毎回新鮮な反応をするのは難しい。それを見せられる度に、ひどく複雑な気持ちになるからだ。

 仁美が見せてくれる写真の中の胎児は、それ以上はもう大きくならない。仁美のお腹は、これから大きくなることはないし、エコーに写っている子どもは生まれてこない。
 彼女のお腹に宿っていた命はエコー写真に記録された数時間後に、その心臓の動きを止めてしまったからだ。

 仁美は今は、妊婦ではない。それでもときどき、自分が妊娠しているという錯覚をしてしまう。
 冗談でもなんでもなくて、《こんなふう》になっているときの仁美は、自分のお腹の中に夫の葉ちゃんの子どもがいると本気で信じ込んでいるのだ。
 《こんなふう》になるのは、一時的なもので。翌日になったら、忘れてしまうこともあるし、数日ほど自分が妊婦だと思い込んでしまっていることもある。

 いずれにしても、仁美のお腹には、もう葉ちゃんとの子どもはいない。もっと言うと、僕は彼女が思っている《葉ちゃん》ではないし、僕らは正式には夫婦ですらない。
 僕らの関係は、いくつかのルールと仁美の強い思い込みによって成り立っている。

 僕と仁美の、いびつな夫婦生活が始まったのは三年前。彼女の夫だった僕の兄・葉一(よういち)と、当時妊娠がわかったばかりだった彼女が巻き込まれた、衝突事故がキッカケだった。