仕事をしていない仁美の一日は、基本的には単調だ。
午前中に家の掃除や洗濯をして、午後から買い物に行き、ふたり分の夕飯を作る。彼女の一日がそんなふうに単調で、平穏であればあるほど、僕はほっとする。
だが、僕が食事を終えたとき、彼女が突然お腹に手をあてて、こんなことを言い出した。
「でも、これからだんだんとお腹が大きくなってきたら、隣町まで歩くのは大変になるよね」
目を伏せた仁美が、とても愛おしそうにふくらみのないお腹を撫でる。
彼女が《こんなふう》になるのは、数週間ぶりのことだ。僕が帰宅したときに機嫌がなおっていたのは、しまっていた《アレ》を見つけたからだろう。
「今日病院でもらった赤ちゃんのエコーの写真がね、すごく可愛いの。葉ちゃんも見てくれる?」
満面の笑みで立ち上がった仁美が食卓のそばに置いてある棚から出してきたのは、妊娠八週目の胎児のエコー写真。小さな雪だるまみたいな形状の胎児が写っているそのエコー写真を、僕はこれまでに幾度となく見せられている。小さな手足がちょこんとついたエコー写真の中の胎児は、もう既に人型をしていた。
「ほんとだ、可愛いね」
「可愛いよね。まだ八週目なのに、手足もできてて、心臓も動いてるんだよ」
「うん……」
エコー写真を見ながら嬉しそうに話す仁美に、僕は小さく頷くことしかできなかった。その反応が不満だったのか、仁美がむっと唇を尖らせる。
「葉ちゃん、なんか感動薄くない? 私は、エコー見せてもらったときに感動してうるっとなったのに」
「いや、感動してるよ。なんか、うまく言葉にならないだけで……」
少し言葉を詰まらせながらそう言うと、仁美は僕のことを疑わしげに見ながらも納得してくれたようだった。