『今、どこにいるの?』

 電話をかけようとしたタイミングで、仁美からメッセージが届く。僕がそれを既読にした瞬間に、彼女が電話をかけてきた。

「仁美、ごめん。今会社出た」
「遅いよ! 今日は遅くても七時半には出れるって言ってたじゃない!」

 怒っているときの仁美の甲高い声が、電話口からキンキンと響いてくる。

「ごめんね、急な仕事ができちゃって……」
「夕方以降に送ったメッセージも、全然見てくれてなかったでしょ?」
「ごめんね。少し仕事が立て込んでたから。次からは気を付ける」
「いつもそう言ってる」
「うん、そうだね。反省してる」
「本当に?」
「本当に」

 静かに淡々と宥めているうちに、興奮気味だった仁美の声も少しずつ落ち着いてくる。

「ごはん、家で食べるよね?」
「うん、食べるよ。お腹すいた。三十分くらいで家に着けると思う」
「わかった。待ってるね、(よう)ちゃん」
「うん……」

 仁美の言葉に小さく頷きながら、電話を切る。彼女からそう呼ばれることに、もうほとんど違和感はなくなった。それでもときどき、孤独で哀しい、妙に複雑な気持ちになってしまう。

 通話が切れたスマホの画面をしばらくジッと見つめてから、カバンに入れる。三十分と約束したからには、きちんとその時間を守らなければならない。

 小さく息を吐くと、僕は《妻》の待つ家へと帰るために、駅へと歩を速めた。