その夜。僕は、仁美と一緒に暮らし始めてから初めて、彼女の眠るベッドに自分から潜り込んだ。

 先にベッドに入ってスマホを見ていた仁美は、僕の行動に少しだけ驚いた顔をして。それからすぐに、甘く微笑んだ。

「どうしたの、葉ちゃん。今日はなんだか甘えただね」

 遠慮がちにベッドの端に横になった僕に、仁美が腕を伸ばして擦り寄ってくる。
 仁美の温もりと甘い香りが充満したベッドの中で彼女にくっつかれるのは、自分のベッドでそうされるのとはまるで感覚が違って。頭がクラクラして、理性を保つのが難しかった。

 抱きしめてキスすると、仁美が熱っぽい目で僕を見つめて「葉ちゃん」と呼ぶ。

「葉ちゃん、大好き」

 仁美が僕を見つめて「葉ちゃん」と呼ぶたび、少しずつ少しずつ、心にできた傷が抉られていく。
 でも、僕は「葉ちゃん」でいなければ、仁美に触れられない。「葉ちゃん」でいなければ、彼女の瞳に映ることすらできない。だから――……。

 抉れた傷が深くなるのに気付かないフリをして、「葉ちゃん」のフリをして。仁美の背中を、シーツに押し付ける。