「映画が嫌だったら、葉ちゃんが行きたいところ決めてもいいよ。服を見に行ってもいいし、本屋でもいいし……。ホームセンターでアウトドアグッズ見てもいいよ。来年の夏はキャンプ行く?」
「映画でいい」

 仁美の肩に顔を埋めたままつぶやくと、彼女が「そっ、か……」と困った声でそう答えた。

 僕も服を見に行ったり本屋に行ったりはするけど、アウトドアグッズにはあまり興味ない。仁美を連れてキャンプに行くのが好きだったのは、僕ではなくて兄の葉一だ。

 仁美の話を聞いて、今日の診察で医師に彼女が僕の誕生日にお祝いをしてくれたことを伝えなくてよかったと思った。
 あの日彼女が僕の誕生日を祝ってくれたのは、ただの偶然だ。

 仁美の記憶は欠けたままだし、彼女は僕を兄の葉一だと思い込んだまま。だから僕はまだ、仁美の夫として彼女のそばにいられる。