午後八時十五分。
 取引先に送る納品書を添付したメールの内容を最終確認しながら、僕はちらちらと何度も腕時計に視線を向けた。

 デスクの足元に置いたカバンの中では、マナーモードに設定したスマホが、さっきからずっと数分おきに鳴っている。そわそわする気持ちを何とか落ち着かせながら、冷静にメールの内容を確認して、送信する。それが終わると、猛スピードでデスクの上を片付けて、ノートパソコンをパタンと閉じた。

「おつかれさ——」

 そう言いながら立ち上がりかけたとき、僕とは違う島のデスクに座っている同僚の伊藤さんと目が合う。隣の席の三田村さんと話していた伊藤さんは、手をあげると僕に向かってにこっと笑いかけてきた。

「原、仕事終わった? 今から飲みに行かないって話してるんだけど、お前もどう?」

 伊藤さんに誘われて、ありがたく思うのと同時に、少し困ってしまう。相変わらず数分おきに鳴るスマホのバイブの振動がカバンの持ち手を握る手のひらに伝わり、僕に重度のプレッシャーをかけていた。

「え、っと……」
「伊藤さん、ダメですよー。原さんは、奥さんが待ってるんです」

 三つ年上の先輩である伊藤さんの誘いをはっきりと断り切れずにいると、僕の営業アシスタントをしてくれているひとつ後輩の木部さんが助け舟を出してくれた。二年ほど僕とコンビを組んでいる彼女は、詳しい内情を知らないまでも、僕が会社の付き合いにあまり積極的でない理由に《妻》の存在があることを理解してくれている。