「ちゃんとケーキも用意したんだよ」

 仁美がそう言いながら、冷蔵庫の中からケーキを出してくる。
 苺がのった小さめのホールケーキには、『Happy Birthday』とだけ書かれたチョコレートのプレートが飾られている。そこに葉一という名前が入っていないのはなぜだろう。
 単純に忘れていたのか、それとも敢えて、名前を入れてもらわなかったのか。
 もしかして仁美は、失くした記憶を思い出しかけている──? 

「どうしたの?」

 食卓の中央にケーキを置いた仁美がにこやかに笑いかけてくる。

「仁美……」
「何?」
「もしかして、思い出してる? あの日のことや、僕が本当は誰なのか……」

 食卓のそばに立つ仁美の手をぎゅっと握る。余裕のない声で訊ねると、仁美が僕のことを真顔でじっと見上げた。
 彼女のダークブラウンの瞳に、どうにも情けない顔をした僕が映る。心臓が、潰れそうなほどにドクドクと鳴っていた。無表情な仁美が、何を思っているのかわからない。だから、怖い。

 ふっと口元を綻ばせた仁美が、空いているほうの手を僕の手の甲に重ねて優しく包み込む。