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「おかえりなさい、葉ちゃん」

 家に着くと、仁美が笑顔で僕を出迎えてくれた。

「ほら、早く着替えて。ご飯食べよう」

 仁美に急かされて、着替えを済ませてリビングに行くと、食卓の上には普段よりも豪華な食事がのっていた。
 ステーキに、ポタージュに、サラダ。それからカットされたバケットが、うちで一番高価な食器に綺麗に盛り付けてある。

「すごい。今日って、何か特別な日だったっけ?」

 仁美と兄の葉一の結婚記念日やクリスマス、それから仁美や葉一の誕生日に、レストランでお祝いしたり、彼女が豪華な手料理を作ることはある。だけど、僕が記憶する限り、今日はそういった特別な日ではないはずだ。

 もし何か大切な記念日を忘れているのだったら、まずいな……。食卓の料理を見つめて少し考え込んでいると、仁美が冷蔵庫のドアを開きながら、吹き出すように笑う。

「何言ってるの、葉ちゃん。忘れちゃった? 自分の誕生日」
「え?」

 僕の表情が、一瞬凍りついた。
 仁美の言うとおり、今日は僕の誕生日だ。だけど、仁美は今まで兄の葉一の誕生日を祝っても、僕の本当の誕生日を祝ってくれたことはない。
 そんな兄の誕生日は、ちょうど三ヶ月前に終わったところで。そのとき仁美は、兄が好きだったビーフシチューを作ってお祝いしてくれた。そのことを忘れてしまったのだろうか。