結婚報告をしたわけでもないのに、僕がいつのまにか社内で既婚者だと認知されるようになったのは、左手薬指に嵌めた指輪が原因だ。

 仁美と同居を始めて数ヶ月経ったあるとき、彼女が僕の左手を見て、「結婚指輪はどうしたの?」と騒ぎだしたのだ。
 僕がそばにいれば安定していたはずの仁美が、そのときばかりはものすごくパニックになって「ずっとそばにいるって言ったのに!」と、泣き出して大変だった。

 その出来事のあと、僕は仁美が兄からもらって嵌めていたのとよく似た指輪を探して買った。
 四六時中、僕の左薬指に嵌められているシルバーの指輪は、気付けば僕の枷となった。
 周囲から勝手に既婚者だと思われるようになってしまった僕に、仁美以外の女性と出会うチャンスはない。

 木部さんの彼氏の愚痴を黙って聞いていると、カバンの中でスマホが鳴った。届いていたのは、『いつ帰る?』と催促する、仁美からのメッセージ。

「ごめん、木部さん。僕、そろそろ……」

 話の腰を折るのは申し訳ないと思うけど、仁美に約束した帰宅の時間が既に五分過ぎている。