6章
朝目を覚ますと横に彼女はいなかった。珍しいことではなかった。そんな事は日常でもたびたびあった。でも、今回はもう帰ってこないんじゃないか。そんな気がしてならなかった。リビングに行くと一枚の置き手紙があった。ありがとうの一言だけだった。その手紙を見て僕は彼女が今から何をしでかそうとしているのか瞬時に理解し家を出た。まずは、昨日の寂れた港に行った。そこには誰もいなかった。
「さや!ごめん。ごめんな。何も言えなくて。帰ってきてくれよ。」
叫んでも叫んでも返事はなかった。
他の場所も当たってみることにした。次は僕達の通っていた高校に行った。そこは今でも活気ある高校生で溢れかえっていた。通りすがりの高校生にこの人を見なかったかと聞いても見たなんて言う人はいなかった。どこに行ったのか。見当がつかなかった。でも、ひとつだけ思い当たる場所があった。それは彼女が元々母親と住んでいた家だ。すぐにそこに向かった。すると玄関が半開きになっており誰かがいる事は確かだった。僕は走って中に入り玄関から大きな声で彼女を呼んだ。返事はなかった。中に入ると首を吊った彼女の姿が見えた。輪っかから首を外してすぐに救急車を呼んだ。まだ少し意識があるようだった。そして彼女の横には遺書のようなものがあった。

ごめんなさい。
愛ってなんだか分かりません。陸くんがくれるものが愛なのでしょうか。私は愛をもらった事がないから分かりません。白石由依からもらったと思っていた愛も嘘だったのかもしれません。愛を教えて欲しいです。愛が欲しいです。母親を殺したのは私です。あの日陸くんが帰った後酷い暴行をくらい私はもう耐えられないと思ったのです。こんな事その日までは思った事なかったのに。陸くんと出会うまではこんな運命だと思っていたのに。さっきまで愛を教えて欲しいとか書いていたけど、よく考えれば陸くんが愛を教えてくれたから私は母親をより憎く感じたのかもしれません。母親を殺してしまった私を陸くんはどう思ってるだろうな。やっぱ幻滅してるかな。愛って難しいね。私はみんなから愛されていた陸くんが羨ましくて憎かったよ。だから、だから、私からの愛をひとつだけ減らそうと思う。バイバイ。坂田陸。

そこで手紙は終わっていた。救急車が着いた。僕は同伴すべきだろうと思ったけれど何故か体が動かなかった。
彼女はずっと僕に嫌悪感を抱いていたかもしれない。抱かせていたかもしれない。僕の幸せは君にとっての不幸だったんだ。なんで君の家に初めて行った日僕は帰ったんだろう。なんで僕は君と出会ったんだろう。僕が君と出会わなければ。出会わなければ。
目から大粒の涙が溢れ出てきた。
「あぁああああああ、ごめん。ごめん。」
もし、彼女が助かっても彼女に向ける顔なんてなかった。でも今僕が行動しないのはあの日帰った時の繰り返しになる気がした。
翌日、病院から彼女が意識を取り戻したと電話があった。検査など大変だったみたいだ。
僕はすぐに病院へと向かった。
「さや!ごめん。ごめん。謝っても意味のないなんて分かってるでも、僕が君を愛すから。僕は愛されなくてもいいから。誰からも。それくらい君が大好きで大切なんだ。」
僕は彼女を見るなりすぐにむかってそう言った。彼女の目からは涙が溢れ出ていた。
「ごめんなさい。こんなことしておいて言うのはおかしいと思うけど、私は陸に愛して欲しいです。」
僕たちは人目を憚らず抱きしめあった。

愛とは時に人を暖め時には人を苦しめる。
自分にとって幸せは他の人にとっての不幸であったりする。そうやって世界は成り立っている。
そんな世界で僕は愛されるより愛していきたいと誓った。